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名所旧跡 -川崎区-

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2016年4月13日

あ行

アウマンの家

  • 所在地
     川崎区南渡田町1-1 テクノハブイノベーション川崎(THINK)内
  • 交通
     JR川崎駅からバス「JFE前」またはJR南武線・鶴見線浜川崎駅

旧日本鋼管(株)(現在のJFEスチール(株))の敷地内にある明治末年にドイツから招いた職工長アウグスト・アウマン氏らの宿舎として使われた木造モルタル造の建物。一度は取り壊された後に、記念資料館として復元され、現在は一般開放されている。

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姥ヶ森弁財天と井戸

  • 所在地
     川崎区鋼管通3-3-13
  • 交通
     JR川崎駅からバス「JFE前」下車またはJR南武線・鶴見線浜川崎駅

鋼管通3丁目付近は「姥ヶ森」と呼ばれ、新田義貞寄進の馬場や御手洗池があったと伝わり、御手洗池の跡と伝えられる古井戸が今も残されている。傍らに祀られていた祠は、1879年頃に新田神社境内へと遷座され「姥ヶ森弁財天」と命名された。

扇島身代わり地蔵尊

  • 所在地
     川崎区扇町12
  • 交通
     JR鶴見線「昭和駅」またはJR川崎駅からバス「昭和駅前」「昭和電工前」

1945年の川崎大空襲の際、多くの軍事関連工場があった扇町は激しい空爆にさらされ多くの犠牲者が出、1974年に戦災の供養、交通安全、工場の操業安全の祈願として市バス停留所「昭和駅前」近くの三角地に祀られている。

大藤橋遺構

  • 所在地
     川崎区藤崎4-15
  • 交通
     JR川崎駅からバス「藤崎四丁目」

二ヶ領用水の末端の支堀・大師堀(藤崎堀)は、六百代(むそしろ)川となり、観音川に合流し、江戸湾へと注いでいた。六百代川の大島・藤崎の境界には「大藤橋」が架かり、その遺構である親柱がたばこ屋脇の道路沿いに現存している。

御鷹橋遺構

  • 所在地
     川崎区田町2-8
  • 交通
     京浜急行大師線「小島新田駅」

二ヶ領用水末端の支流・江川堀に架けられていた「御鷹橋」の石製の橋板8枚が、かつての江川の流路跡の遊歩道に保存されている。1枚の大きさは長さ2.8m、幅45cm、厚さ36cm。

か行

川崎市役所本庁舎

  • 所在地
     川崎区宮本町1
  • 交通
     JR川崎駅

鉄筋コンクリート造りの川崎市役所本庁舎は、1938年から戦火をくぐりぬけ、現在に至るまで70年近く使用され続けており、川崎区近代化遺産・産業文化財に選定されている。時計塔は地上36.7m、8階建てに相当し、川崎市のシンボルとして広く親しまれている。

川崎運河の遺構(京町緑地)

  • 所在地
     川崎区京町3丁目
  • 交通
     JR川崎駅からバス「小田二丁目」

京町2~3丁目と横浜市鶴見区との境界付近に位置する京町緑地に1922年に京浜電気鉄道(現、京浜急行電鉄(株))によって造成された「川崎運河」の遺構(防潮壁)が残っている。

川崎河港水門

  • 所在地
     川崎区港町66番地先
  • 交通
     京浜急行大師線「港町」または「鈴木町」

1928年に川崎区を縦貫する大運河計画の一環として完成。社会情勢の変化から計画は中止されたが水門(高さ20.3m、水門幅10m)だけが残った。1998年国登録有形文化財(建造物)となる。

旧六郷橋駅跡

  • 所在地
     川崎区本町2丁目
  • 交通
     京浜急行大師線「港町」

1925年の旧六郷橋の架橋に伴って、翌年大師線の新設軌道上が開業。現在の六郷橋より大師寄りに位置した初代・六郷橋駅が移されたものである。1949年に廃止。

旧国鉄貨物線廃線跡

  • 所在地
     川崎区日進町10
  • 交通
     JR京浜東北線・京浜急行八丁畷駅

1918年川崎駅と浜川崎駅間4.1km、臨海部の工場地帯までの初となる貨物専用の鉄道路線が開通した。1973年に廃止されるまで、日本各地と川崎臨海部との貨物輸送に活躍した。

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旧橘樹郡役所跡

  • 所在地
     川崎区砂子2-10
  • 交通
     JR川崎駅

2004年郡役所の川崎移転から90年、川崎市制80周年を記念して建立。明治維新後、川崎市のほぼ全域と横浜市鶴見区・神奈川区など

京口棒鼻跡

  • 所在地
     川崎区小川町

京都方面に向かう街道の宿場出入り口は「京口」、江戸方面に向かう出入り口は「江戸口」と呼ばれ、京口に「川崎宿京入口案内板」が設置されている。

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庚申塔と出羽三山巡拝碑

  • 所在地
     川崎区小田1丁目18番地
  • 交通
     JR川崎駅からバス「小田一丁目」

小田1丁目のかつて菅沢道と呼ばれた道沿いに佇む庚申塔と出羽三山の巡拝塔。庚申塔は1692年、巡拝碑は1801年の造立とされる。現在は覆舎があり、鍵がかけられ一般公開はされていない。

弘法大師への道(道標)

  • 所在地
     川崎区大師町4-48
  • 交通
     京浜急行大師線「川崎大師」

1663年大師への参詣路を示す標識で、川崎宿の万年屋の脇、東海道から大師道への分岐点に建てられていたが、戦後、平間寺境内に移された。市重要歴史記念物。

小土呂橋の親柱

  • 所在地
     川崎区小川町14-1(新川通り歩道)
  • 交通
     JR川崎駅

現在の新川通には、江戸のはじめに開削された「新川堀」が流れ、東海道と交わる場所には石造りの「小土呂橋」が架かり交通の要所としてにぎわっていた。1984年市制60周年記念として設置。

小土呂橋遺構

  • 所在地
     川崎区宮本町7-7(稲毛神社)
  • 交通
     JR川崎駅から徒歩7分

1985年現在の新川通の小土呂橋交差点付近の道路陥没箇所から、一部とみられる石柱や石板などが発見され、教育委員会によって調査・復元された。

さ行

佐藤本陣跡・佐藤惣之助の碑

  • 所在地
     川崎区砂子2-11
  • 交通
     JR川崎駅

川崎宿にあった三つの本陣の一つ。別名、惣左衛門本陣といわれ、詩人の佐藤惣之助は、代々本陣職を務めてきた佐藤家の生まれで、川崎信用金庫本店前に生誕の地記念碑が1979年に建てられた。

商店街シャッター街道絵巻

川崎宿の風情を甦らせようと、2005年度から旧東海道沿いの各店舗に歌川広重の「東海道五十三次」を中心としてシャッターに描く取り組みが進められている。

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しょうずかの婆像(川崎大師平間寺)

  • 所在地
     川崎区大師町4-48
  • 交通
     京浜急行大師線「川崎大師」

平間寺裏門近くに安置されているお婆さんの座像で、「しょうづか」とは三途の川の意。江戸時代から健脚を祈願する神としても尊崇され、東海道を往来する飛脚がよくお参りにきたという。

昭和電工(株)川崎事業所本事務所

  • 所在地
     川崎区扇町5-1
  • 交通
     JR川崎駅からバス「昭和電工前」

1931年に現在の昭和電工(株)の前身であった昭和肥料(株)の本事務所として建てられ、現在も使用されている。昭和初期の京浜工業地帯における工場事務所建築の代表格とされ、1999年に川崎市で民間初の国登録有形文化財となる。

新大扇橋(しんだいせんきょう)

  • 所在地
     川崎区浅野町・扇町(JFEスチ-ル(株)東日本製鉄所敷地内)
  • 交通
     JR川崎駅からバス「昭和電工前」

浅野運河の入口に位置するJFEスチール(株)所有の全長84mの跳ね橋。1983年に新大扇橋が道路専用として架けられ、片側だけではあるが現役の可動橋である。

池言坊

  • 所在地
     川崎区大師駅前2-1-2
  • 交通
     京浜急行大師線「川崎大師」

江戸時代に大師河原の開発を行った池上家の墓所。現在の大田区池上から大師河原に移住してきた第21代幸広以来の一家一門の墓塔が数10基並んでいる。

た行

大師の新渡し

  • 所在地
     川崎区

多摩川の渡し場の中で最も新しく、1877年に開設され、参詣客のために大師河原の中瀬と羽田の穴守稲荷とを30分で結ぶ「大師の早船」も就航するようになった。

大師道(万年横丁)・観音道

  • 所在地
     川崎区

川崎大師は江戸時代より関東屈指の霊場・厄除け大師として知られ、参道として川崎宿万年屋脇で東海道から分岐する「大師道」も大いに発展し、また、参詣の寄り道として大師の山門前から石観音へと向かう「観音道」も賑わった。

田中の寮(田辺家墓所)

  • 所在地
     川崎区小田2丁目
  • 交通
     川崎駅からバス「京町」

小田進栄会商店街の道に面した路地の奥には、畑家とともに代々小田村の天領の名主をつとめた旧家・田辺一族の「田中の寮」と呼ばれる墓所がある。

田中本陣跡

  • 所在地
     川崎区本町1-4-6付近
  • 交通
     JR川崎駅・京浜急行「京急川崎」

「田中本陣」は1629年に川崎宿で初めて設けられ、三軒あった本陣のうち、江戸側にあったことから「下本陣」とも呼ばれた。

種梨遺功碑

  • 所在地
     川崎区大師町4-48(川崎大師平間寺)
  • 交通
     京浜急行大師線「川崎大師」下車徒歩8分

1919年に建てられた長十郎梨の良種を発見した当麻辰次郎(1826~1905)の功績を讃える遺功の碑。

長十郎梨のふるさと

  • 所在地
     川崎区旭町1-3(京浜急行線大師線「港町」)
  • 交通
     京浜急行線大師線「港町」

病害に強く、甘味があり、収穫も多いことで有名な「長十郎梨」の発祥の地。1893年多摩川の河口近くで辰次郎が発見したと伝えられる。

問屋場・高札場跡と中の本陣

  • 所在地
     川崎区砂子1-7-1付近
  • 交通
     JR川崎駅・京浜急行「京急川崎」駅

宿場の中心であり最も重要な施設だった「問屋場」や幕府や領主が決めた掟などを木の板に記して立てられる高札場の跡地。佐藤本陣(上の本陣)と田中本陣(下の本陣)の間に位置していたため、通称「中の本陣」と呼ばれた。

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東海道川崎宿

  • 所在地
     川崎区本町~小川町
     六郷橋付近から八丁畷駅付近まで
  • 交通
     JR川崎駅

1623年品川・神奈川間の伝馬継立の短縮、伝馬百姓の負担軽減を図ることを目的に、東海道最後の宿駅として三代将軍家光によって「川崎宿」が追加制定され開設した。

徳本上人念仏塔

  • 所在地
     川崎区塩浜3-13(入江崎公園内)
  • 交通
     JR川崎駅からバス「JFE池上正門前」

浄土宗の高僧・徳本上人(1758~1818)は、諸国を巡って庶民に極楽浄土を唱え、各地に念仏講(徳本講)を誕生させた。信者は生き仏と崇め、信仰を形で表すため、独特の丸い書体で「南無阿弥陀仏」と刻んだ六字名号碑を建立した。

な行

海苔養殖紀功の碑

  • 所在地
     川崎区大師町4-48(川崎大師)
  • 交通
     京浜急行大師線川崎大師駅

1920年に建てられ、明治時代の初めより大師河原の海で盛んに行われた海苔養殖にまつわる歴史が刻まれている石碑。

は行

芭蕉の句碑

  • 所在地
     川崎区日進町11-9
  • 交通
     京浜急行八丁畷駅

『麦の穂を たよりにつかむ 別れかな』 1694年に故郷伊賀に向かった松尾芭蕉は、見送りにきた弟子たちと川崎宿京口近くの茶屋で別れを惜しみ詠んだ句で、1830年俳人一種が桜井梅室(天保の俳人)に揮毫してもらい建立。

畑家墓所・頼政塚

  • 所在地
     川崎区小田1-20-25
  • 交通
     JR川崎駅からバス「京町」

鎌倉幕府を討ち滅ぼすために挙兵した新田義貞の4人の重臣の1人、大太刀をふるう大男として「太平記」で描かれた「畑六郎左衛門時能」の末裔とされる畑家一族の墓所が小田1丁目の住宅街の一角にある。墓所境内には、平家追討に立ち上がった源頼政の塚もある。

羽田の渡し

  • 所在地
     川崎区

多摩川の最下流で現在の大師橋のやや下流にあり、江戸時代後半に川崎大師詣が盛んになると川崎宿を経由せずに羽田から渡しを利用し直接川崎大師に渡った。

標柱「国府県道路管理境界標」

  • 所在地
     川崎区池田2丁目
  • 交通
     JR川崎駅からバス「池田1丁目」または京浜急行八丁畷駅

京浜国道(現在の国道15号線)の当時の道路管理者である横浜市と神奈川県の管理境界を表す大正時代に建てられた鉄筋コンクリート製で上部が四角錐の標柱。

藤崎願掛け地蔵尊

  • 所在地
     川崎区藤崎3-6-9(藤崎町内会館)
  • 交通
     JR川崎駅からバス「藤崎一」

江戸時代の中期以降、天明の大飢饉をはじめとする異常気象や噴火などによる飢饉の犠牲者の霊を弔うとともに、災厄から救われることを願ってお地蔵様を辻に建立。

宝篋印塔

  • 所在地
     川崎区大師町4-48(川崎大師平間寺)
  • 交通
     京浜急行大師線「川崎大師」

1756年八代将軍吉宗の二男・田安宗武が厄払いの祈願のために川崎大師へ寄進したもの。

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梵鐘

  • 所在地
     川崎区大師町4-48(川崎大師平間寺)
  • 交通
     京浜急行大師線川崎大師駅

1795年に鋳造されたもので、1944年に国の重要美術品に指定。時の記念日、広島・長崎の原爆記念日、終戦記念日、大晦日の「除夜の鐘」の合計年5回撞かれている。

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ま行

万年跡

  • 所在地
     川崎区本町2-11
  • 交通
     JR川崎駅

江戸時代に「奈良茶飯」が評判を呼び、宿場一の茶屋となった多摩川を渡って川崎宿に入ってすぐの場所にあった万年屋の跡地。

無縁塚

  • 所在地
     川崎区下並木(京浜急行「八丁畷駅」敷地内)
  • 交通
     京浜急行八丁畷駅

「八丁畷」付近では江戸時代以降多くの人骨が発見され、震災、大火、洪水、飢饉や疫病などの災害で亡くなった身元不明の人々を埋葬したのではないかといわれている。1934年に地元と川崎市によって供養塔が建てられた。

六郷の渡し

  • 所在地
     川崎区本町2
  • 交通
     京浜急行線大師線港町駅

江戸時代、東海道の往来のための大切な渡しであり、幕府からの助成金によって常時10数隻の舟があり、旅人や荷馬を渡した。

六字名号塔

  • 所在地
     川崎区大師町4-48(川崎大師平間寺)
  • 交通
     京浜急行大師線川崎大師駅

阿弥陀如来への信仰を表す「南無阿弥陀仏」の六字が陰刻されている川崎大師平間寺の境内に建てられた名号塔。市の重要郷土資料に指定。

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