第104回 かわさきデザインフォーラム 開催内容

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2015年1月27日

講演テーマ

『3Dプリンタの本当に新しいモノづくり』

講師

第104回かわさきデザインフォーラム講師

慶應義塾大学環境情報学部 准教授
田中 浩也 氏

講演内容

今回のデザインフォーラムは、「第26回かわさきデザインフェア」と同時に開催され、計176名の来場があった。 フェアのテーマが『作法を変える、内でも外でも』であったので、産業の形を全く変えてしまう可能性のある3Dプリンタを中心とした新しいモノづくりについて、慶應義塾大学准教授の田中 浩也氏に講演していただいた。

講演では、まず3Dプリンタは決して新しいものではなく、すでに1980年頃からあったという話があった。当時はラピッドプロトタイピングと呼ばれており、直訳すると「迅速な試作」とあるように、試作づくりに使用されたとのこと。現在でも3Dプリンタといえば試作用途が主流だという。

2010年頃から「3Dプリンタ」というインパクトのある名称とともに再び注目され、1980年から2010年頃までを第1次ブームとすると、現在は第2次ブームとのこと。第2次ブームの特徴は、インターネットができたこと。インターネットと3Dプリンタが組み合わさることで、まず一つは3Dプリンタが「生産者の設備ではなく、生活者の道具」になったという。

田中氏は2008年、日本で初めて自宅に3Dプリンタを買った人間とのこと。3Dプリンタを自宅に置いて、さて何を作ろうか考えていたが、マニュアルに「組み立てが完了したらまず最初に壊れやすい部品のスペアパーツを『出力』してください。当社ホームページにデータがあります」とあったとのこと。その会社のホームページにはその部品の3Dデータがあり、しかも不具合点を修正したアップデート版だったという。その部品は3ヶ月経ったら本当に壊れたが、スペアのおかげですぐに自分で修理できたとのこと。

それから、何が作れるかといつも考えていたが、その経験でゼロから新しい製品を作る必要はないということがわかり選択肢がぐっと広がったという。一例として、脚が取れてしまったイスに、骨の形を樹脂で成形し、脚の代わりとした写真が紹介された。ユーモラスな形状となり、壊れたものを修理したにも関わらず、価値が増しており、「リサイクル」ではなく「アップサイクル」(「RE」=元に戻すのではなく、「UP」より価値を上げる)というそうだ。
田中氏自身の3Dプリンタ活用例として、もうひとつ紹介された。洗濯機のゴミ取りネットの樹脂部分を破損してしまったことがあったが、メーカーに問い合わせてもすでに生産終了で修理部品もないと言われたとのこと。そこで壊れた樹脂部品のデータを作り、3Dプリンタで出力したところ、これが見事に機能し、奥様から初めて褒められたとのこと(笑)

一方で、こうして自分で作った3Dデータを他の人にも使ってもらいたい場合に、Thingiverse(http://www.thingiverse.com/)外部サイトへリンクしますというサイトがあるという。ここは例えるなら3DデータのYoutubeのようなもので、世界中の人がいろいろな3Dデータをアップロードしているそうだ。

こうした流れは、昔の家庭での光景に戻る兆しではないか、という。昔は自宅にミシンがあり、自分のモノは自分で作る、ということが今よりもずっと身近だった。

3Dデータをユーザーが自作する流れを活用した事例は企業にもあるという。NOKIAでは、携帯電話のケースの3Dデータをホームページ上で無料で公開。ケースが壊れた際に、修理するなどの作業をユーザー自身が自分でやることができ、それによりメーカーの負担も減るという。

また、田中氏が教える慶応大学の湘南藤沢キャンパスの図書館「メディアセンター」内に、3Dプリンタなどを並べた「ファブ スペース」があり、学生がさまざまなものを作成している。3Dデータを作成できる男子学生は「女子からもてる」とのこと。また、活き活きしているのは理系やデザイン系ではなく、むしろ文系の学生だという。頭の中にあったアイディアを実物にする手段を得たからだとのこと。

学生が作ったものがいくつか紹介された。例えば一眼レフのキャップをはめられるストラップ。他の例では一見何の変哲もないフックだが、「ここにぴったりくる」という完全にパーソナルなフック。世の中に多種多様なフックがあるが、つける場所とフック形状がぴったりくることはなかなかないのでこれも3Dプリンタらしい使い方とのこと。
また別の例で、「小学生の弟を助けたい」という目的で作られた「3又えんぴつ」というモノが紹介された。小学校で同じ文字を20回書く、という宿題は今もあるが、この鉛筆ホルダーは先端に短くなった鉛筆を3本つけられるので、同時に同じ字を3つ書くことができるのだという。 (http://onakaitai-fab.blogspot.jp/2013/10/3d.html)外部サイトへリンクします

このアイディアが教育上良いかどうかは別にして、それをネット上に公開したところ、数カ月してアメリカの小学校から、「あなたの作った鉛筆ホルダーをうちの小学校ではみんな使っているよ、ありがとう」というメールが届いたとのこと。また、他の海外のユーザーで作曲家の人がいて、これを応用して5又鉛筆を作り、メロディーが頭に浮かんだ際、どんな紙にもすぐに五線譜が書けるので重宝しているとのこと。このように1つのものから派生していくのも3Dプリンタを使ったモノづくりの特徴だという。

他の3Dプリンタの使用例として、大量生産がカバーできなかったモノ。義手や義足はその人にあった一品ものを作れればベストなので相性がよく、他にもニュージーランドのデザイナーが考案したギプスがあるとのこと。これは各人の腕を3Dスキャナーで計測して作り、通気性がよく、湿疹なども起きないという。(http://www.evilldesign.com/cortex)外部サイトへリンクします

他、ロボットやパワーアシストなどのロボット産業も3Dプリンタと相性が良いとのこと。3Dプリンタもロボットの一種であり、イギリスでは数年前に「3Dプリンタで3Dプリンタを作る」実験が行われ、すでに成功しているとのこと。慶応大学の田中氏の授業でも、この4月から実施予定なのは、学生1人1人が自分用の3Dプリンタを作る授業を計画中で、200人のクラスに1つだけ3Dプリンタを置いておき、それを使って自分用の3Dプリンタを作る授業とのこと。授業終了時には200種類の3Dプリンタが出来上がることになる、という。

また、別な大きなポイントとして、3Dプリンタが製品の「遠隔転送装置」になったことがあげられるとのこと。先日宇宙ステーションで、あるサイズのスパナがないということがわかり、地球からそのスパナの3Dデータを送ってもらって宇宙ステーションに設置されていた3Dプリンタで出力、解決したという。このことはビッグニュースとして伝えられたそうだ。
その後、田中氏が日本の第一号の一つを作った世界的なネットワーク「Fab Lab(ファブラボ)」についての説明があった(日本で最初のファブラボは、鎌倉と筑波の2か所で同時に、「双子」として誕生した。田中氏が作ったFab Lab鎌倉はその一つである)。現在世界に600箇所あり、Fab Lab 鎌倉ではほぼ毎日、世界のどこかのFab Labとやりとりしているという。

田中氏はかつて、世界中のFab Labを旅したことがあり、その中でもっとも面白かったのはインドのFab Labとのこと。ムンバイから車で5時間、舗装されていない道を走り、電気は一応は通っているが1時間に1度は停電するような状況。外観も土壁で簡素であるのに、一歩入ると他のFab Lab同様の3Dプリンタやカッティングマシーンが並んでいて、衝撃を受けたとのこと。(参考: NHK出版の田中氏の対談レポートに田中氏が撮影したFab Labインドの写真あり。  http://pr.nhk-book.co.jp/makers/archives/1250外部サイトへリンクします )

そこで、野犬を超音波で追い払う装置や、人力発電機、ソーラークッカーなど、自分たちが必要なものを作っていて、中でも小学生がweb上にオープンソースとして公開されているFab Fiという無線LANアンテナを作っているのにも驚かされたとのこと。どうしてそれを作ったのか聞いてみると、「インターネットが見たいから」という答えだったそうだ。

デジタルデータを使ってモノを作る大きなメリットとして、「必要なときに必要なだけ作ればいい」ということが実現することがあるという。データとしてストックしておき、必要になったら3Dプリンタなどで出力すればいい、ということだ。その例として、田中氏が忘れられない体験が、震災後に海外の友人から「水質検査計」が「メールで」送られてきたことだという。水質汚染のニュースをみて心配した友人が、3Dプリンタやレーザーカッターだけで作れる水質検査計を考え、データを送ってくれたそうだ。それは実際に出力して組み立て、機能したとのこと。

田中氏は自分の経験を振り返って、15年ごとに大きな技術革新の場に立ち会えている、という。1980年にパソコンの登場、1985年にインターネット、2010年に3Dプリンタに代表されるパーソナルファブリケーター。また、歴史を見ると各世紀の最初の10年は前の世紀の考え方を引きずるが、その後の10年で新しい考え方が浸透するのではないか、という。フォードが100年前、大量生産を始め、20世紀は大量生産の世紀だった、といえるのではないか、とのこと。

アメリカではすべての小学校に3Dプリンタが導入され、政府の関連施設は積極的に3Dデータを公開しているとのこと。例えばスミソニアン博物館は収蔵物の3Dデータを公開しており、NASAなど他の施設も同様。民間でも、GEは教材用としてエンジンの簡易モデルの3Dデータを公開しているそうだ。日本でも国土地理院は地形図の3Dデータを公開しており、HONDAは歴代のコンセプトカーの3Dデータを公開しているとのこと。

田中氏の研究室では、所属する学生は皆、自分自身の3Dデータを持っているとのこと。病院でMRIやCTを取る際、データがほしいというと自分のデータであるので法律上、病院側としては提供しなくてはならないそうだ。

また、最新の例として、田中氏とJSRという会社の共同で、世界初の体の中に入れてもいいという3Dプリンタの素材が、認可が取れたとのこと。また別の例では、モノの内側にRFIDを埋め込んで出力し、取説を埋め込んでおいたり、3Dモデルにスマホをかざすと内部のRFIDを読み取って、これは誰が何の目的で作ったのかがわかる、などの例を上げた。

Fab Lab鎌倉についても、いくつかの話があった。Fab Lab鎌倉では、現在もあらゆる世代の方が男女問わず通っているとのこと。下は10代から、上は70代まで。ここの人々で世代を超えて連携し、商品を作った例が紹介された。各世代共通の身近な悩みは何だろう、と話していて、リモコンの話題になった。そこで、家の中のあらゆるものをスマートホン1つで操作できるような装置とアプリを作り、アマゾンで販売したところ、初日だけで3万個が売れたそうだ。現在はすでに第10ロットぐらいにまで増産を続けているという。

まとめとして、田中氏が座長を勤める総務省「『ファブ社会』の展望に関する検討会」で議論されている内容、日本の発展のためにどのような方向に向かったらよいか、についての話があった。デジタルコンテンツの文化と、製造業の文化、その両方を掛け算していかなければいけない、というのが結論だという。

最後に、3Dプリンタを自宅に買ってから10年経つ田中氏は、社会が少しずつ大きく変わっているのを感じているという。どう変わっているかというと、大量生産から「適合的一品生産」が増え、人と人の横のつながりがますます重要になっていったり、消費者は「創造的生産者」に変わりつつあり、サービスもただ与えられるよりも「自分で作ったり達成したりする」方が喜びが大きい、と価値が変わりつつある、ということを感じているとのこと。

開催日・会場

2015(平成27)年1月27日
川崎市産業振興会館
(第26回かわさきデザインフェアの講演会として開催)

お問い合わせ先

経済労働局 次世代産業推進室
電話:044-200-0168
ファクス:044-200-3920
メールアドレス:28sangyo1@city.kawasaki.jp
住所:〒210-0007 川崎市川崎区駅前本町11-2 川崎フロンティアビル10階