第106回 かわさきデザインフォーラム 開催内容

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2015年9月8日

講演テーマ

「柳デザインの実践」~手で考える ~

講師

第106回かわさきデザインフォーラム講師藤田光一氏

一般財団法人 柳工業デザイン研究会
藤田 光一 氏

講演内容

日本を代表する工業デザイナー 柳 宗理氏は、今年生誕100年を迎え、国内でもイベントや雑誌などでの特集があり、海外でもシンガポール、香港、台湾で展示会が行われるなど、今なお注目されている。

今回のデザインフォーラムは、柳 宗理氏のデザイン事務所である柳工業デザイン研究会のデザイナー藤田 光一氏を講師に迎え、柳 宗理氏のデザイン手法を中心に講演いただき、67名の来場があった。

講演では、まず講師から問いかけがあった。

「昨今、デザインの現場ではスケッチを描き、コンピュータを使った3Dで考えることが中心となっている。もちろんコンピュータを使うことで効率的な面もある。しかしデザインの発想という点では、「手で考える」べき。柳事務所(柳工業デザイン研究会)では絵を描く道具は一切なく、あるのは模型を作るためのろくろと工作機械。手で使う物なのに、手で(模型を作りながら)考えなくてどうするのか?」

柳事務所では建築物や大きいものも多くデザインしているが、今回は特に手で使う道具をメインに話をするとのこと。

デザインのプロセスを紹介する前に、「ものを作るということは、デザイナー1人の力でできているのではない。メーカーや、製造現場の職人と一緒にいいものをつくろうよ、という信頼関係が必要である。また事務所内でも柳宗理氏一人ではなく、皆で意見をしあってそれをまとめ、デザインが進んでいった」と話があった。

その上で、デザインのプロセスの紹介があった。まず、そのものを製造する現場、作り方、材料の特性を把握する。さらに、器であればその器を何に使う、どう使うのか、盛り付け方、洗い方、しまい方まで知っておく必要がある。国によってマナーが全く変わるのでそうしたことまで把握しておく必要がある場合もある、とのこと。

そして、手で使う物であれば何度も模型を作り、手で触って検証。何度も工場に足を運び、製造現場とやりとりをする、こうしたプロセスを繰り返して、デザインが完成していくという。

なお、柳事務所での仕事は「メーカーからの依頼」と「自ら研究する」という2種類があるそうだ。前述のまず製造現場の状態を把握するということは、前者の場合真っ先に必要なこと。後者の「自ら研究する」、つまり自主研究の方は、用途から入る場合、材料や製造方法から入る場合、モノを特定して考える場合など、発想の入り口はいろいろ、とのこと。こちらの方が選択肢が広い分、幅広い知識が要求され、かつ自ら売り込まなければいけないので商品開発から販売方法に至るまで知っておかなければいけないので厳しいプロセスを踏むが、柳氏はこちらをより重視し、自らを追い込んでまでも新しいことへの発見と挑戦を忘れなかったとのこと。製品化につながらない場合も多かったが、それがのちの別な製品につながったりすることもあったという。柳氏は折りに触れ、「デザイナーは考える行為そのものをあきらめてしまってはならない。常日頃からいろいろなものを見て、貪欲に吸収する。そして創意工夫を重ねることで、また新たな発想につながっていく。デザインは常に動いているもので、決してそこにとどまってはならない」と話していたそうだ。講師は今になって思えば、柳氏が自主研究を重んじた目的はここにあったと考えているとのこと。

ここで講師が考える、良いデザインが生まれる条件について話があった。

「良いデザインが生まれる条件」

   ・用途 〜 使い勝手の良さ

   ・技術 〜 優れた近代的技術の利用

   ・材料 〜 優れた材料が適宜に利用されている

   ・安価 〜 経済性つまり無駄を省いた合理的なデザインがされている

   ・量産 〜 大量生産にあったデザインである

多くの消費者に使ってもらいたいので、安価で大量生産に合ったデザインにすること、但しどこにでもあるようなデザインに陥らないようにすることが重要、また、長く使えることでトータルコストが安くなるということも頭に入れておく、とのこと。

プロセスの中で模型を作ることは、プレゼン用ではなく、良いか悪いか、の判断に使う思考のツールである。頭で考えたものをそのまま作ればいい、というわけではないという。模型をきれいに作ろうと意識しすぎない、特に最初の段階ではいつでも戻れるように作成する、但し椅子の積み重ねの確認やふたの合わせ目を確認するような精度を求める際にはどうしてもきれいに作らざるを得ないとのこと。その後、最終段階では正確な模型を作成し、それが図面に反映される、という。

また、実際に使ってみることもあるという。例として持参したスプーン、レードルの模型は木でつくることもあり、実際に料理に使って確認することができる。また、模型を作ることで製造現場での作り方もイメージでき、さらに模型があることで製造現場との話もしやすくなって課題の解決につながる、という。

スプーンの模型

製品化されたからといってデザインが終わるわけではなく、それを実際に使って真剣に向き合うことで新たな改善点が見つかることもある、とのこと。

 

柳氏は生前、椅子のデザインが一番難しいと話していたという。座る人が男性か女性かで身長、体重が全く異なり、全てを試すことが難しいためで、そのため、事務所に来る人皆に試作の椅子に座ってもらい、意見を聞いて柔軟に取り入れたとのこと。100人いれば100通りの意見があったという。

ここで、藤田氏も関わり「自主研究」から商品化につながった椅子の例として、「Shell Chair」の話が紹介された。

これは、紙に切り込みをいれて手遊びしていったなかで、生まれた形で、最初は特に椅子にしよう、ということではなく考えていたとのこと。(この紙が講演場所に持参されたが、チラシか何かの裏を使ったものもあり、身近にある紙を切って発想がはじまったことがよくわかる)

紙製の椅子模型

つきあいのあった天童木工に話を持っていった際は、最初の反応は「また難しい課題を持ってきたな」という鈍い感触だった、とのこと。そこで止まってしまってはいけない諦めてしまってはいけないと「こうすれば作れるのではないか?」とファクスを送り続けたところ、天童木工側から座面の接合方法として、合板の単板を順番に重ねて一気に成型する、という画期的な方法の提案があったとのこと。それが製品につながっている、とのこと。

そこ以外にも苦労した点は多く、例えば最初の試作は背もたれが全くしならず、すわり心地が固すぎるものだったとのこと。それを、穴のサイズとその左右の面の幅の広さで調整し、最終的には向かって左側のデザインとなり、強度を保ちつつ適度なしなりで柔軟なすわり心地を実現できた、とのこと。

シェルチェアー

余談として、料理とデザインの共通性の話が合った。柳氏もスタッフに料理をさせていたとのこと。料理もまず段取りが必要で、食材の買い出しから始まり、コンロが1つしかないことから時間配分を考え料理しなければならなかったことで、調理器具の理解や知識も増え、藤田氏自身もこの料理のプロセスで学んだことも多い、とのこと。

講演の最後に、「美しい形、自然な形」についての話があった。「幼児の描く絵は自然な曲線を持っている。本来デザインは意識活動だが、それをなるべく自然に、意識しない様にデザインすることを心がける」という。また、柳氏はデザイナーが関わらないでできた「無名のデザイン」の良いものを多く集め、展示会などで紹介していたとのこと。そのような「アノニマスデザイン」の例として、科学実験用の蒸発皿と、野球のボール、港の「ボラード」が挙げられた。デザイナーがデザインしたわけではないが、必要に応じて少しずつ形が整っていって出来上がった形であるがゆえに、純粋で美しい形になっている、という。野球のボールなどは、ひょうたん型の2枚の布が縫い合わされて球になるという構造の美しさ、またその赤い糸の機能とその美しさを説明した。

そのあと、藤田氏がデザインする際に参考にしているという、Frei Otto氏の自然の形と構造を基にした建築物、また建築家のBernard・Rudofsky の「Architecture Without Architects (建築家なしの建築)」つまり自然と伝統が育んで生まれた建築物の写真を多数紹介された。それらのように自然の形状や、用の美の構造物には美しいものが多数あるので日頃から注意してみておくべき、とのこと。そして、実際に自然の構造からインスピレーションを得てデザインした柳作品が紹介された。

 

最後のまとめとして、柳氏の言葉である「Beauty born, not made」が紹介された。「本当の美は生まれるもので、作り出すものではない。手で考え、作ることによってデザインが生まれる。そのこを忘れてはならない」とのこと。

 

終了後、会場から質問を受けつけたところ、多数の質問があがった。以下はその抜粋。

質問)私からすると柳宗理氏は伝説のような存在だが、その下で働く苦労点などはありましたか?

回答)柳先生は新入社員の私を最初から1デザイナーとして扱ってくれた。他のデザイナーと同じように意見を求められた。しかし、実際には全く右も左もわからなかった。柳先生より、とにかく良いものを見なさいと言われ、週末になると足繁く民芸館に通った。

 

質問)事務所で料理を作っていたとのことだが、どんな料理を作っていたか。また、お酒が入ることもあるのか。

回答)コンロが一つであることもあり、みんなでつつきやすい鍋が多かった。ご存じの方もいるかもしれないが「柳うどん」という代々OBから伝えられてきた料理があり、それをよく作った。普段は柳先生がいると緊張するが、食事のときだけは気楽に話し合うことができた。多い時はこの10坪の事務所に7~8人が一緒に働き、食事を共にした。

お酒が入ることは、たまに地方から特産品を送られて来る時もあって、その場合などは、その日の夜先生含めみんなでお酒を飲みながら会食することはあった。

 

質問)長い歴史の中で膨大な数の模型(モデル)を作られていると思うが、その保管はどうしているか。

回答)図面や最終製品は残っているが、模型はほとんどを捨ててしまっている。模型は工場との意見交換のためのものであるため、意外に工場やメーカーの人が大切に保管してくれていることがある。

なお、金沢美術工芸大学にデザイン関係の資料(7000点余り)を寄託し、「柳宗理記念デザイン研究所」という展示施設で2014年から一般公開している。

 

質問)私はデザイナーを30年やってきた者だが、私の経験からすると思いついたらどうしてもメモしたりという行為は避けられないのではないか。柳先生はどうしていたか。

回答)柳先生も、思いついたらメモ程度はしていた。しかし、それは封筒の裏に書くような本当に簡単な落書き程度のメモで、時にはそれを形で確認するためにラフ模型を作って確認することもあった。

 

質問)バタフライスツールはどうしてあのような形が生まれたのか。

回答)あのスツールはもう60周年になる。柳先生から聞いた話では、最初はスツールを作ろうなどと考えず、紙を曲げてどのような形ができるか考えていたところ、あの形が生まれ、椅子になったと聞いている。現在は床面を接する4点支持のスツールだが、できた当初は畳での使用を考えて下はフラットにできていた。それが海外の展覧会に出品して、これからは板の間や石畳でも使えるようにしなければいけないということで4点支持に変わった、と聞いている。

 

最後、講師より追加の説明が合った。

「(持参したレードルの木製模型を見せながら)このレードルでも、まずは紙でラフに大きさの検討。その上で、発泡をラフに削っていって、大きさや形状の確認をする。その後最終段階に近い状態で、木を削って模型を作る。これを実際に使って検証し、更に削ったりパテで埋めながら修正を繰り返す。その上で、最終のモックアップを作成し、図面と一緒にメーカーに渡して完成。ここに模型を置いておくので、自由に触ってください」

 

終了後には交流会も実施され、多くの参加者が講師に直接質問をしたり、模型に触れて感嘆したり、参加者同士で情報交換をしたりするなど、大いに盛り上がった。

開催日・会場

2015(平成27)年9月7日
川崎市産業振興会館

お問い合わせ先

経済労働局 次世代産業推進室
電話:044-200-0168
ファクス:044-200-3920
メールアドレス:28sangyo1@city.kawasaki.jp
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