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講師:加藤 康子 氏
トランスパシフィック・エデュケーション・ネットワーク(株)
副社長 |
| 世界の企業城下町や鉱山を視察 |
ご紹介にありましたが、私は学者ではありません。私が産業遺産というものに取り組むようになった経緯は、アメリカのハーバード大学の大学院で都市経済学を専攻していまして、そのためにケーススタディ(事例研究)をしたいと思ったことがきっかけです。
都市経済学というのは、経済のないところにいかに経済をつくっていくかという学問です。世界中の、いろいろな事例を見ながら経済学のケーススタディを書いていこうと思い、何百というまちを回りました。そのなかで企業城下町と鉱山のまちを中心に回ってきたわけです。
なぜ企業城下町や鉱山のまちを回っていったかというと、例えば鉱山という一つの経済基盤に依存しているところでは、その鉱山が枯渇してしまったらそこの経済基盤がなくなってしまいます。
そうやって衰退してしまった地域の事例や、さらにそうなったまちがどうやってまた蘇っていったのかということを、アメリカ、オーストラリア、イギリス、フランス、ドイツと、いろいろな国を見て回りながら勉強してきました。
そのときに書き続けていた事例集を本にまとめたのが、『産業遺産「地域と市民の歴史への旅」』(日本経済出版社)です。出版にあたって、特に企業城下町が再活性化していくときの大きなキーワードにやはり産業文化というものがあった。産業遺産という観点からまちづくりを見ていくことはできないだろうかということで研究してきました。 |
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| 産業遺産の定義とは |
| ただ、「産業文化・産業遺産」というものをどう定義したらいいのかというのは、書く前の一つの大きな疑問でした。これから実際に世界のまちで産業遺産を活用している事例を数多く紹介していきますので、どのような形で行政、企業、市民がそのまちを活性化していったかを見ながら、産業遺産の定義、なぜ産業遺産を残すのかということも一緒に考えたいと思います。 |
| 日本では、構造物ととらえがちだが、産業を支えた人々の人生も産業遺産 |
産業遺産にはいろいろな定義があって、100 人の専門家に聞けば100 の答えが返ってきます。私の定義では、産業文化は何も構造物だけにとどまるものではありません。
日本では、産業遺産・近代化遺産というと、どうしてもダム、橋、建造物など構造物ばかりに焦点が当てられてしまいますが、海外の産業考古学会とか産業遺産の研究家たちに聞くと、それだけではないと言います。産業遺産というのは、産業文明が残した仕事だけではなく、その産業文明を支えてきた人々の人生など、無形なものも含めて実は産業遺産というのだと言っています。もっと身近な、教科書には出てこないような、例えば私たちの父祖が近代化のなかで苦労してきた歴史も産業文明だと言うのです。教科書には有名な政治家や学者しか出てきませんが、実際にはそれを陰で支えた市井の人々、例えば発明家の知恵や、作業中のほんの些細な努力など、そういうものが実は海外では大切な歴史として伝えられているのです。 |
| NHKの『プロジェクトX』に見るような苦労話もそうです。社史を読むといろいろなエピソードが出てきますが、それらも産業遺産の一つです。会社に勤めていなくても、会社に勤めているご主人を陰で支えた女性たちの苦労話、それも一つの産業遺産だと多くの専門家たちは語っています。 |
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