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王禅寺は、星宿山華厳院王禅寺と称する真言宗豊山(ぶざん)派の寺院です。慶安3年(1650)に王禅寺僧快尊が書いた「聖観世音菩薩略縁起」によると、王禅寺は孝謙天皇(718〜770)の勅命によって某大徳が武蔵国都筑(つづき)郡二本松で発見した銅造聖観世音像を当地に祀ったのにはじまるとされている古刹です。中世には禅・律・真言の三宗兼学の道場として栄え、関東の高野山と呼ばれていました。また、戦国時代には後北条氏によって都筑郡麻生(あさお)郷に30貫文の寺領が安堵(あんど)されています。
本堂前の庭には柿生(かきお)の地名のおこりとなったといわれている禅寺丸柿の原木(かながわの名木100選)が保存されており、次のような伝説が伝わっています。
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建保2年(1214)に王禅寺を中興した等海上人が寺再建のための用材を探しに山中深くわけていったとき、赤い実をつけた甘柿をみつけ、これを境内に移植する一方、間食用に村人にも栽培を奨励したため、この地で柿の栽培が盛んになったということです。江戸時代には江戸の市場へ出荷し、年間100両ほどの売上となり、村人の貴重な収入源となっていました。
禅寺丸柿の原木の傍らには、王禅寺の自然を愛して度々訪れて、昭和10年に『王禅寺に想う』を執筆している北原白秋(1885〜1942)の句碑が建立されています。この句碑は、昭和42年(1967)11月2日に白秋の門人「白菊会」の人々によって建立されたもので、白秋の自筆による「柿生」の句が刻まれています。
*禅寺丸柿は平成19年7月26日に、国登録記念物として登録されました。
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