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解 説
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書の出典は中国宋代の周敦頤の文章である。周敦頤(1017〜73)は、字は茂叔、濂渓先生と呼ばれ、太極を万物の本体とする宇宙構成論を説いた『太極図説』で知られており、「愛蓮説」は47歳の時の作と伝えられている。内容としては、陶淵明の愛した菊の隠逸、一般 に好まれる牡丹の富貴と対照させ、汚泥より出でなお清廉無垢に伸び薫る蓮のもつ孤高の品性を君子に比し、茂叔の蓮に寄せる想いを綴っている。その意は仏法を称え経題に採られた「南無妙法蓮華経」に通 ずるものがある。
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本書跡は、松花堂昭乗が墨書したものである。昭乗は、天正12年(1584)に摂津国堺に生まれ、17歳で石清水八幡宮男山で出家し、滝本坊実乗に仕えて密教を学び、阿闍梨となった。後に滝本坊の近くに方丈を建て松花堂と称し、寛永16年(1639)59歳で遷化した。 書は青蓮院流・大師流を学んだ後、松花堂流(滝本流)の開祖となり、寛永の三筆と呼ばれた。 なお、愛蓮説は他に狩野派始祖正信の「周茂叔愛蓮図」など絵画の主題としても画かれている。 |
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