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無量院

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2010年12月20日

庚申塔(石燈籠)

庚申塔(石燈籠)

住所

幸区小倉2-7-1

交通案内

JR・京浜急行「川崎駅」西口から臨港バス川54系統「元住吉」行き、「小倉神社裏」下車、徒歩3分

地図

解説

 川崎市域の天台宗寺院は、川崎区と高津・宮前区に集中し、中原区・麻生区は皆無で、幸区は当寺のみという分布上の特徴がみられます。
 無量院の開創年代について『新編武蔵風土記稿』は、中興開基の没年を永禄5年(1562)3月と記しており、戦国期に開かれたものと推定されます。寛永21年(1644)小倉村が検地をうけたさい寺地附属の畑7畝歩が年貢免除の「除地」となっています。
 無量院にまつわる「竜燈観音」伝説は、昭和56年『かながわのむかしばなし50選』に選定されました。竜燈観音は一般に「竜燈松」の名で全国的にみられる伝承説話に属します。竜燈松については柳田国男や南方熊楠などの民俗学者によって、その分布や文化史的意義が論じられており、松にともる燈は、街道を通る旅人や航海する舟などのパイロットランプとなり、あわせて信仰上の光という意味がみられるようです。
 伝説の概要は、小倉池のほとりに老夫婦が住んでおり、ある年の正月、老夫がまゆ玉の木を伐りに出かけ、誤って池に落ちる。気がつくと立派な御殿があり、姫君が現れて老夫を歓待する。7日後家が気になりいとまごいをすると姫君が小箱を渡す。さて家では老夫の7回忌法事を行っていたが、無事に戻ったので祝宴となる。小箱をあけるとたちまち老夫は死去し、観音と竜のウロコが残る。悲哀にくれた老婆は、この観音を無量院本尊の体内に納め、ウロコは堂前の常明燈へ納めた。以来本堂の前にある松の木に毎晩あかりがあがるようになったということです。
 境内にある寛文元年(1661)銘石燈籠は、火袋部に六地蔵を、竿部に三猿を陽刻した庚申塔。川崎市域に残る約320基の庚申塔中最古のもので市重要郷土資料に指定されています。

所有指定文化財

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