能満寺

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2010年12月20日

能満寺

住所

高津区千年354

交通案内

JR「武蔵新城駅」から市営バス城11「宮前区役所前」行き、鷺02系統「鷺沼駅」行き、JR「武蔵小杉駅」から東急バス鷺02系統「鷺沼駅」行き、「能満寺」下車、徒歩5分

地図

解説

 能満寺は、星王山寶蔵院と称する天台宗の寺院で、行基菩薩によって創建され、正徳4年(1714)に没した観空によって中興されたと伝えられています。
 現在の本堂は、影向寺薬師堂建立の際に棟梁(とうりょう)を務めた木嶋長右衛門などによって元文4年(1739)に建立され、内部には当寺の本尊である木造虚空蔵菩薩立像(こくうぞうぼさつりゅうぞう)(県指定重要文化財)や木造聖観世音菩薩立像(市重要歴史記念物)が祀られています。
 虚空蔵像は、像高95.6cm、寄木(よせぎ)造(頭・体の主要な部分をふたつ以上の木材を寄せて造る技法)、玉眼(ぎょくがん)で、漆地に彩色が施されていましたが、現在はほとんど剥落しています。頭髪を高く結い上げ、面部を面長に造り、衣の襞を装飾的に表現するなど南北朝時代の仏像の特徴が認められます。また、後頭部内面には墨書銘が記されており、本像が鎌倉の仏師朝祐によって明徳元年(1390)に造られたことがわかります。
 観音像は、像高101.3cm、一木造(頭・体の主要な部分をひとつの木材で作る技法)、玉眼で、漆地に彩色が施されていましたが、現在はほとんど剥落しています。体躯は量感があり、衣は大ぶりに足までかかり、膝から下にはU字状の衣文が見られるなど平安時代の貞観彫刻(784-894)の特徴が認められます。面部は、江戸時代に修理されたため小ぶりとなり、玉眼が嵌入(かんにゅう)されています。背面には朱漆で銘文が記されており、本像がもとは岩川村(現・高津区千年、千年新町)長命寺観音堂の本尊であったことや、江戸時代の延宝2年(1674)に修理されたことがわかります。
 また、不動堂に祀(まつ)られている法体の木造増田孝清坐像(市重要歴史記念物)は、像高52.5cm、玉眼で彩色(後補)が施されていますが、像主の個性的な表情が的確に表現されています。胎内には墨書銘が書かれているほか、銘札が納入されており、本像は孝清が65歳のときにつくられた寿像(生前につくられた肖像)であることがわかります。

所有指定文化財

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