延命寺

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2016年8月8日

延命寺の地蔵

延命寺の地蔵

住所

高津区上作延204

交通案内

JR・東急線「溝口駅」南口から市営バス溝15~19系統「菅生車庫」「宮前区役所」他行き、「宮ノ下」下車、徒歩2分

地図

解説

 延命寺(えんめいじ)は天台宗の寺院で、近世上作延(かみさくのべ)村の東に位置しています。寺の縁起(えんぎ)は詳らかでありませんが、明治時代の『皇国地誌草稿』によれば草創等の旧記は焼失し、わずかに寛文11年(1671)に法印栄賢によって中興されたと記されています。
 さて当寺には、古くから鼻取地蔵とか田植地蔵と呼ばれる伝説が伝えられています。
 いまその伝説を、『新編武蔵風土記稿』(江戸時代・文政年間刊)をもとに紹介してみましょう。
 昔、この土地の里長(さとおさ)の家に悪馬がおり、田植えのため農具を負わせて田に入ろうとすると馬はなんとしても動こうとしませんでした。すると地蔵小僧が現れ馬の手綱(たづな)をとってなだめると、不思議と馬も暴れずにおとなしく働きだしました。そして次の日、延命寺の僧が経を唱えながら本尊の地蔵を見ると足元に泥が付いているのに気が付きました。そこでおかしなことと思い、里人たちに尋ねてみると、昨日里長の前に現れた地蔵小僧であることがわかりました。
 それ以来、この地蔵を鼻取地蔵、あるいは田植地蔵と呼ぶようになったと言うことです。(昭和56年『かながわのむかしばなし50選』に選定)
 この伝説は広く伝わったようで、遠く馬の産地として有名な青森や岩手地方からも悪馬をおとなしくさせる地蔵として、馬方や農民が参詣したともいわれています。
 現在、延命寺境内の石造地蔵菩薩像は、寛政9年(1797)に造立されたものです。なお本尊の地蔵菩薩像は、秘仏として公開されていません。また、延命寺には、他に閻魔(えんま)大王を含む十王(じゅうおう)像、倶生神(ぐしょうしん)像、鬼卒(きそつ)像など十王信仰(人間の死後10人の裁判官によって裁かれ、来世が決定するという思想)に関係する仏像も多くあります。これは近世になって地蔵信仰と結びつきが深い十王信仰が、庶民の信仰として地域に根ざした表れでしょう。
 また、地蔵も衆生(しゅじょう)救済の菩薩として、特に子供の守護仏として民間で広く信仰されています。

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