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影向寺(彫刻)

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2010年12月20日

木造薬師如来両脇侍像

木造 薬師如来両脇侍像

住所

宮前区野川419

交通案内

JR「武蔵新城駅」から市営バス城11系統「宮前区役所前」行き、鷺02系統「鷺沼駅」行き、JR「武蔵小杉駅」から東急バス鷺02系統「鷺沼駅」行き、「影向寺」下車、徒歩8分

地図

解説

 影向寺の本尊である木造薬師如来両脇侍像は、早くから国の重要文化財の指定を受けて、現在は本堂裏の収蔵庫内に安置されています。
 中尊は左手に薬壺(やっこ)を持つ大きな坐像で、像の根幹部を一本の木から彫成する一木造(いちぼくづくり)で造られ、材質はケヤキです。わずかに微笑をたたえた表情や浅く穏やかに流れる衣文などは明らかに藤原時代に流行した作風に共通しますが、まだ洗練されていない地方的な素朴さが随所に見受けられます。一方、両脇侍像は桜材の一木造で材質も異なり中尊よりもいっそう穏和な作風を示しているうえ、左右各像の作風もかなり異なっています。いずれにしても中尊よりやや遅れて造立された像と考えられます。このような各像の作風の違いから、本像が本来は一具の像でなかった可能性も指摘されています。
 また、この収蔵庫内には、市重要歴史記念物の木造二天立像(にてんりゅうぞう)2躯と薬師如来の眷属(けんぞく)である木造十二神将立像(じゅうにしんしょうりゅうぞう)12躯も一緒に安置されています。
 前者は2躯ともに一木造で、作風も誇張の少ない穏やかな像です。一見すると藤原時代の雰囲気を備えますが、総体の彫技は硬く忿怒(ふんぬ)の表情もぎこちないところから後世の模古作(もこさく)との説もあります。また、後者は割矧(わりは)ぎ造という一木で彫成した後、割り矧いで内刳(うちぐ)りを施す造立法で造られ、玉眼(ぎょくがん)が嵌(は)め込まれています。解体修理の際に巳(み)神将像の胎内から応永22年(1415)の修理銘が見つかり、作風からも南北朝時代頃の作と思われる佳作です。
 現在、太子堂に祀(まつ)られている木造聖徳太子立像(市重要歴史記念物)は、髪を美豆良(みずら)に結い、袍(うえのきぬ)の上から袈裟(けさ)をつけて、柄香炉(えこうろ)を捧持しています。これは太子が16歳の時に父用明天皇の病気平癒(へいゆ)を祈願している姿で、一般に孝養太子像と呼ばれています。影向寺像はやや彫技は硬いものの、表情は理智的に引締り、総体に破綻なくまとめられています。室町時代も早い頃の作と考えられます。

所有指定文化財

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