菅の六地蔵

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2010年12月20日

菅の六地蔵

住所

多摩区菅北浦2-1-1ほか

交通案内

JR南武線・京王相模原線「稲田堤駅」下車

地図

解説

菅の六地蔵

 多摩区菅の府中街道(川崎街道)を行くと、道沿いに点々と1体ずつ合わせて6体のお地蔵さまが祀(まつ)られているのを見ることができます。この6体の地蔵尊は、「菅の六地蔵」といわれるもので、土地の人々によって篤(あつ)く信仰されています。
 六地蔵というのは、人間が死ぬと六道(天上界・人間界・修羅(しゅら)・餓鬼(がき)・畜生・地獄)のどれかに彷徨(さまよ)うとされ、この時、どこの道に彷徨っても地蔵菩薩が救ってくださるという日本独特の仏教信仰に基づいたものです。このことから、寺の入口や墓地の入口に六体の地蔵がよく祀られます。
 菅の六地蔵は、菅地区の東西の入口に1体ずつ、その間に残る4体がほぼ等間隔に祀られています。また、地蔵は街道の方を向いて立ち、道の両側に交互に置かれています。像は石製で、形は立像の丸彫り、高さは1m程です。
 台石には、すべて同じように「功徳主 武州橘樹郡 菅村衆中 宝永四丁亥歳 三月吉日 化縁比丘 宗縁謹誌」という文字が刻まれています。この六地蔵が菅の人々によって祀られ始めたのは宝永4年(1707)のことですが、その由来については次のような伝承があります。「この六地蔵は、古く菅村の馬場(谷戸)の代官屋敷に祀られていたが、ある時山崩れにあってその屋敷もろとも埋まってしまい、そのまま放っておかれていた。ところがしばらくして村内に子供の疫病が流行し、それは六地蔵を埋まったままにしておくからだという噂が広がった。そこで村民協力して地蔵を掘り出し、6体別々の所に立てて供養したところ、病気の流行はおさまり、それ以後、村民はこの六地蔵を篤く信仰するようになった。」この伝承は近年になって一般に広まった話らしいのですが、それ以前からも村民の安全を守るために立っているのだと考えられてきたようです。昭和53年(1978)11月に「菅六地蔵保存会」が結成され、現在も土地の人々に大切に祀られています。

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