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菅生古墓群 長沢1822番地古墓出土火葬骨蔵器

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2018年7月20日

菅生古墓群 長沢1822番地古墓出土火葬骨蔵器

左から No.1・No.2

年代

平安時代

法量

No.1

身部器高 20.8cm、蓋部 6.5cm

No.2

身部器高 21.5cm、蓋部 5.5cm

所有者

川崎市

所在地

中原区等々力1-2(市民ミュージアム)

指定

市重要歴史記念物 平成9年4月22日指定

解説

 遺跡は,平瀬川沿いにあって,標高約75mをはかる南斜面上部に位置している。資料は,昭和38年に発見された。
 2組4箇の資料は形態・法量・焼成等において酷似する。すなわち形態的には明らかに薬壷形で,焼成は非常に堅緻で須恵質であるが,焼き上がりは赤茶け,一見すると土師器を思わせる。おそらく同時に焼かれたものであろう。2組4箇の器面全体には,灰色をした石灰質の塗料が薄く付着し,部分的に剥離している。時期は,類例が少なく特定はむずかしいが,おそらく9世紀中葉から後葉であろう。
 No.1は口縁部が直立し,横ナデが,胴部は横位のへラ磨きが施されている。内面は積み上げとロクロ回転の整形痕がやや段をなして認められる。底部は,平らで安定している。蓋は身部とセットで作られたもので,上部中央には径4cm程の宝珠状の紐が付けられている。骨蔵器内の火葬骨から,被葬者は5~6歳の若年で,性別は不明と鑑定されている(註)。No.2は,前記したようにNo.1の資料に形態・法量・焼成等で酷似している。
骨蔵器内の火葬骨から,被葬者は成年(壮年)で女性的と鑑定されている(註)。
 本資料は,一見土師器を思わせながら,形態的には明らかに須恵器にみる薬壷形で,さらに全面を灰色をした石灰質の塗料で塗抹した特異な事例である。2組4箇を同時に製作したものであろうが,被葬者が成年・女性的と5~6歳の若年(性別不明)という取り合わせは,たとえば親子のような血縁的関係を想定させる。子墓を大人から分けるわが国の伝統的文化のなかで,若年骨を成人骨と同形態の骨蔵器内に収納し,隣接して葬儀している点でも注目される貴重な資料である。

註:百々幸雄氏の鑑定による。
百々氏のご教示によれば,火葬骨の場合,骨が凝縮するので,性の判明は信頼度がおちるという。そのため「◯◯的」という表現にした。

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お問い合わせ先

川崎市 教育委員会生涯学習部文化財課

〒210-0004 川崎市川崎区宮本町6番地

電話:044-200-3306

ファクス:044-200-3756

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