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南河原雨乞獅子頭

  • 公開日:
  • 更新日:

南河原雨乞獅子頭 3頭
附 武州橘樹郡南河原村延命山宝蔵院什物請雨経曼陀羅并雨乞獅子由来 1冊
請雨経曼陀羅 1軸
雨乞獅子付属用具 1具
(大皿2 太鼓3 軍配2 幣束1)

年代

江戸時代

法量

  • 獅子頭(A)
    高さ 16.5cm
    幅 22cm
    奥 22cm
  • 獅子頭(B)
    高さ 16cm
    幅 22.5cm
    奥 22.5cm
  • 獅子頭(C)
    高さ 13cm
    幅 16.7cm
    奥 21cm

所有者

延命寺(幸区都町4-2)

指定

市重要郷土資料 昭和58年12月21日指定

解説

 風流系一人立獅子舞に使用した三匹獅子頭である。龍頭である点に特色がある。川崎市には、現在、初山・菅・小向に一人立三匹獅子舞が行なわれている。これら3地域で行なわれている獅子舞はすべて獅子頭で龍頭ではない。全国的に見ても、一人立獅子舞に龍頭を使用するのは少なく、獅子頭・鹿頭が圧倒的に多い。黒川の古い獅子頭は龍頭というが、相貌は延命寺のものと大変違っている。延命寺の獅子頭が龍頭であるのは雨乞いと関係があるのかと思う。龍は雨を呼ぶという信仰が古くからあった。この地域は以前農耕地帯であった。農民にとって、雨は生活にかかわる大切なものであった。
 一人立獅子舞に龍頭を使用した歴史は古い。一人立獅子舞の発生は戰国時代から近世初頭の頃と考えられているが、その頃からすでに一人立獅子舞には龍頭が使用されている。延命寺の雨乞獅子は絶えてかなり時間がたっていて現在は復活もできない。ここの獅子舞の由来はさだかでない。延命寺所蔵の『雨乞獅子由来』に、延命寺で雨乞いがあったのは江戸初期とされるが、その時、獅子舞があったかどうかは明らかでない。この由来記には難陀龍王・跋難陀龍王・善女龍王を往古より獅子といってきたとある。難陀龍王が雄獅子、跋難陀龍王が中獅子、善女龍王が女獅子にあたるようである。
 ここの獅子頭は他の地方に伝えられている一人立獅子舞と比べると、やや小振りに出来ている。頭部のややほり込んだ作り、植毛跡及び頭部にそえてつけられてある竹籠などきわめて特色がある。頭部に竹籠をつけるのは特徴的であり、全国的にも珍しい。埼玉県熊谷市古宮神社の龍頭三匹獅子には竹籠がついており、川崎市黒川の古い獅子頭の1頭にも竹籠がついている。熊谷市古宮神社の龍頭獅子は宝永5年(1708)の墨書銘があり、造形が延命寺の龍頭獅子と似ている。延命寺の女獅子は朱漆彩色、他の2頭は黒漆彩色で、彩色は美しい。製作年は明らかでないが、『雨乞獅子由来』『新編武蔵風土記稿』の記載、龍頭の形式・彩色などから江戸時代中期頃と考えられる。
 使用具について『雨乞獅子由来』に、軍配うちは・法螺貝・幣束・獅子舞前掛とあり、前掛は青色に白く浪に千鳥亦は水に玉、女獅子は桃色とある。また、楽器は笛・太鼓とある。これらの用具は一部を除き現存しており、獅子舞の胸につけた羯鼓の革、桴などもある。青色に文様を描いた麻布前掛は破損しているが貴重であり、軍配は木地上に紙をはり、その上に表に金、裏に銀で彩色し、図柄を線描してあり見事である。
 この獅子頭は龍頭であること、小振りでかなり手のこんだまとまりを見せていること、古色の彩色の美しさなど良作であり、貴重である。