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シッシー君の文化財探訪日記 2013年8月

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2013年8月13日

シッシー君 自画像

 川崎市内の豊かな歴史や魅力を物語る文化財や博物館等の情報を、川崎市文化財キャラクターのシッシーくんがご紹介します。

 【シッシーくん】
 市域3か所に伝わる獅子舞から生まれた文化財の精。川崎市の文化財保護推進キャラクター。
 性格はおっちょこワイルド。好物はかわさき育ちの野菜・果物。口癖は「シッシッシー」。

2013年8月10日 加瀬台遺跡・加瀬台古墳群発掘調査現地説明会が開催されました。

 残暑お見舞い申し上げます!本当に暑い日が続いていますが、みなさんお元気ですか?

 今日は、幸区北加瀬・南加瀬にまたがる加瀬山(夢見ヶ崎)で行われた日本大学の発掘調査の現地説明会についてお伝えしま~す。

 みなさん、縄文時代のあとに弥生時代があって、古墳時代、奈良時代と続くことはいまや小学生で習う常識ですよね。でも、日本の考古学がまだ生まれたての明治時代、縄文時代と弥生時代の順番がまだ決まっていなかった時代がありました。この順番が決まった決め手になったのは、川崎の遺跡だったってご存知ですか?

  明治39年に、いまの日吉出張所の場所にあった南加瀬貝塚が発掘調査された際、縄文時代の貝塚の上に、弥生時代の貝塚がつくられていたことがわかりました。この調査によって、縄文時代が弥生時代よりも古いということを明らかになったんだッシー!
 弥生時代の貝塚は全国的にもとても珍しく、貴重な遺跡なので、土取り工事などで現在は消滅してしまっているのは本当に残念です。

遺跡地図で、自宅近くをチェック!

 さて、加瀬山には南加瀬貝塚のほかにも、弥生時代の集落(ムラ)の遺跡が遺されていることが知られています。
 日本大学では、加瀬山の遺跡について解明しようと平成23年度から3か年の計画で発掘調査を行ってきました。この結果、今年度の調査で
1)加瀬山の台地上には、弥生時代の中期から後期にかけて(紀元前後)のムラの遺跡がのこされていること、
2)このムラの人々が南加瀬貝塚をつくったであろうこと、
3)ムラには竪穴住居のほか、集落を区画する溝が作られていることが分かりました。

土器をブラシでこすらずに洗います。

 また、加瀬山の台地上や台地の周辺には、卑弥呼が魏からもらった鏡と言われる三角縁神獣鏡を出土した白山古墳のほか、いくつかの古墳が築造されています。
 残念ながら白山古墳は消滅してしまいましたが、夢見ヶ崎動物公園の中にはまだいくつかの古墳が現存しています。
 このうちの2号墳について、今回発掘調査を行いました。
 この結果、2号墳では古墳に特徴的な築造技術が用いられていなかったことがわかり、その性格は今回は解明できず今後の研究課題です。

 今日の現地説明会には、4回で合計115名の方が参加されました。

 日本大学の学生さんたちに、「住居の時代はどうやって決めるのか?」などと、積極的に質問されている方もいて、みなさん興味深く見学されていました。今度、夢見ヶ崎動物公園へお出かけの際には、弥生時代のムラがあった当時をいろいろと想像してみてくださいね!シッシッシー。

 

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お問い合わせ先

川崎市 教育委員会生涯学習部文化財課

〒210-0004 川崎市川崎区宮本町6番地

電話:044-200-3305

ファクス:044-200-3756

メールアドレス:88bunka@city.kawasaki.jp