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シッシー君の文化財探訪日記 2013年10月

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2013年11月19日

シッシー君 自画像

 川崎市内の豊かな歴史や魅力を物語る文化財や博物館等の情報を、川崎市文化財キャラクターのシッシーくんがご紹介します。

 【シッシーくん】
 市域3か所に伝わる獅子舞から生まれた文化財の精。川崎市の文化財保護推進キャラクター。
 性格はおっちょこワイルド。好物はかわさき育ちの野菜・果物。口癖は「シッシッシー」。

2013年10月29日 文化財調査~長念寺鳥合わせ図屏風~

 多摩区登戸の長念寺にある鳥合わせ図屏風は、鳥合わせという風流な情景が描かれています。鳥合わせとは、 中世の絵巻物などに描かれている鳥の鳴き声を聴き比べてたのしむ遊びで、屏風の画面には人の姿がなく、耳を澄ませると鳥のさえずりがきこえてきそうです。池を中心とした庭には、盆栽がおかれています。画題が珍しく、絵画としての出来栄えだけでなく、風俗史上の価値も高いとして、県の重要文化財に指定されています。 

 今回、さいたま市にある大宮盆栽美術館から学芸員さんが、「屏風に盆栽が描かれれいるのは非常に珍しい」とのことで、調査にお見えになりました。僕も立ち合いに行ってきたっシー。

大宮盆栽美術館から紙本金地著鳥合わせ図屏風の調査に来られました。

 ところで、盆栽といえば、海外でも“BONSAI”で通るほど、日本の文化として馴染みのあるものだけど、「盆栽」という言葉自体は、近代になってから使われるようになったことばなんだって!それまでは、「盆山(ぼんさん)」とよばれていたのではないかと教えてもらったよ。Bonsanは、『日葡辞書』にも出ているんだって。

細部の写真を撮ったり、観察したり。

 そんな盆栽豆知識をつけながら見守ったこの調査、学芸員さんたちは、細部の表現方法や盆栽おっと、盆山の描写を詳しく観察したり、記録したりされていましたよ。
 いままで何気なく眺めていた盆栽も、お話を伺ってみると奥が深いみたい。今度は、盆栽美術館にも行って、盆栽はどんなふうに人々の暮らしを彩ったのか、その歴史を知ってみたくなったよ。
 長念寺さんの鳥合わせ図屏風は、普段は公開されていませんが、今後公開の予定が決まった時には、僕からもお知らせしますので、みなさんぜひ楽しみにしていてくださいね!

関連記事

  • さいたまし大宮盆栽美術館外部サイトへリンクします

    大宮の盆栽村に近接して設けられた世界で初めての公立の「盆栽美術館」。盆栽の名品、優品をはじめ、盆器(盆栽用の植木鉢)や、水石と呼ばれる鑑賞石、盆栽が画面に登場する浮世絵などの絵画作品、それに、盆栽に関わる各種の歴史・民俗資料等を収集展示しています。

2013年10月27日 指定文化財等現地特別公開「豊臣秀吉の禁制」が開催されました。

  こんにちは、シッシーです。26日の土曜日は台風27号の影響で強い風雨に見舞われましたが、皆さんには被害などはありませんでしたか?

  実は大雨だった26日、そして今日と、柿生郷土史料館で指定文化財等現地特別公開「豊臣秀吉の禁制」が行われました。

所有者によるギャラリートークの様子

この「豊臣秀吉の禁制」は、秀吉の小田原攻めの際に麻生を中心とした9か村の人々への宣撫工作として発給されたもので、地域の個人が所有しています。今回、所有者の方や柿生郷土史料館支援委員会の御協力により、一般公開することができ、期間中には所有者の方のギャラリートークも行われました。
 所有者さんのお宅では、御先祖様から「開けたら目が潰れる」と伝えられていたことなど、ここでしか聞くことのできないようなお話もたくさんしていただきました。

展示風景。

 この禁制は、縦45.5cm、横64.4cmの大きさがありますが、子の時代の古文書では、類を見ない大きさなのです!400年前には紙は貴重品でしたから、これだけ大きく、厚い紙を使った禁制は、とてつもない迫力があったことでしょう。
 見学された方たちは、400年以上前の古文書が、このようにきちんとしたかたちで、しかも身近な地域に残っていること、秀吉の朱印の色が鮮やかなことなどに感動されていましたよ!
豊臣秀吉という歴史的な人物や、戦国時代、そして地域の文化財が少しでも身近に感じる機会になったとしたら、こんなうれしいことはないッシー!!

 この事業を支えてくださった柿生郷土史料館支援委員会、たま文化財ボランティアの会、そして今年度動きだした川崎市文化財ボランティア講座受講生の皆さんに感謝です!

2013年10月13日 地名散歩「川崎の中原街道」~丸子の渡しから泉沢寺~

 こんにちは! シッシーです。金木犀のいい香りがするようになり、秋らしくなってきました。さて、今回お届けするのは、地名散歩~川崎の中原街道~です。去年は虎の門から丸子の渡しを対岸まで歩いたのに引き続き、今年はいよいよ市域の中原街道を歩きます。

大楽院境内にて

  散歩第1回目の今日は、丸子の渡し場址から上小田中の泉沢寺までを歩きました。
 集合は東急東横線の新丸子駅。ここから、多摩川の土手に向かい、まずは大楽院へ向かいます。
 大楽院は、戦国時代の世田谷領主の吉良氏は一族郎党の繁栄を願って釈迦如来を造立するなど、とても由緒のあるお寺です。ここで、板碑や八百八橋の遺構を見学、これだけの石造物を建立できるような人々が地元にいたということをまず実感します。

 続いて、日枝神社へ向かい、御神木の杉の見学や、本殿の見学、山王権現のお使いの猿神についての解説などを先生から伺いました。

 丸子橋に向かって戻ると、途中には大楽院の墓地が左手に見えてきます。墓地の位置と境内の関係や、墓地に閻魔堂があることなど、お寺の特徴を確認しました。

 いよいよ、中原街道を平塚方面にむかって下ります。原家の陣屋荘址、安藤家長屋門、石橋醤油店を経て、西明寺へ。

 西明寺の参道入り口では、カギの道から小杉御殿のありし日に思いを馳せました。西明寺で近世墓塔の基礎知識を理解すると、等々力緑地方面へ抜けます。
小杉神社は段丘の先端に位置している。

 小杉神社はもともと椙山神社と称しており、この神社は鶴見川流域と多摩川右岸に多く所在するそうです。ここでは、小杉神社が河岸段丘の先端に位置すること、このような立地の神社では多く弥生~古墳時代の遺跡が見つかっていることなどが紹介されました。

春日神社。

 宮内の春日神社では、当日は例大祭で賑わっており、囃子の演奏があるなか、総代さんから神社の社殿裏にある禁足地の御説明をいただきました。禁足地は、不思議な雰囲気があるッシー!貴重なお話をありがとうございました!
 

二ケ領用水沿いを神地橋まで戻り、泉沢寺へ。神地の地名の由来や泉沢寺の紹介を聞いた後、解散。みなさん、講師の中西先生の健脚にも遅れず、熱心に話をきき、参加されていましたよ。

 次回は、千年から久末まで歩きます!お天気になりますように!

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お問い合わせ先

川崎市 教育委員会生涯学習部文化財課

〒210-0004 川崎市川崎区宮本町6番地

電話:044-200-3305

ファクス:044-200-3756

メールアドレス:88bunka@city.kawasaki.jp