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シッシー君の文化財探訪日記 2014年10月

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2014年10月31日

シッシー君 自画像

 川崎市内の豊かな歴史や魅力を物語る文化財や博物館等の情報を、川崎市文化財キャラクターのシッシーくんがご紹介します。

 【シッシーくん】
 市域3か所に伝わる獅子舞から生まれた文化財の精。川崎市の文化財保護推進キャラクター。
 性格はおっちょこワイルド。好物はかわさき育ちの野菜・果物。口癖は「シッシッシー」。

2014年10月24日  長弘寺本堂を特別公開しました。

 教育委員会では、毎年、日ごろ鑑賞の機会の少ない、指定文化財を、所有者さんのご理解とご協力をいただきながら、広く公開する指定文化財等現地特別公開を行っていますが、今年は幸区南加瀬の長弘寺本堂を24日から26日まで公開しました。

 長弘寺さんの創建ははっきりしませんが、江戸時代中期に建てられた本堂が現存しており、この本堂の魅力をみなさんに伝えようと、今回は文化財ボランティアの皆さんが大活躍してくれました!

内陣まわりを説明するボランティアさん

 ふだんは住んでいる地域にお寺があることは知っていても、そのお寺にどんな文化財があるか、お寺の歴史や建築がどんなものかを意識していることは少ないかもしれません。
 しかし、このような特別公開の機会にでも、解説を聴きながら見学していただくと、思ってもみない大発見があるかもしれませんよ!
 実際、今回見学をしていただいた方はのなかには、「もう何十年も住んでいるのにまったく知らなかった!」とか「いや、すごい、すごい」と感動されている方もたくさん…。
 ボクたちも嬉しくなるような反応をたくさんいただきましたッシー。

関連講座 のようす

 金曜日の午後に行った関連講座でも、講師の大野先生(横浜国立大学)のお話を熱心に聴講していたみなさん、講義後の質問タイムにはたくさんの質問が出ていました。大野先生も丁寧に答えてくださり、みなさん満足した顔でお帰りになりました。

 今後とも、地域にある身近な文化財にぜひ注目してみてほしいッシー☆

2014年10月15日 長念寺庫裏の保存修理現場の特別公開を行いました。

 こんにちは、シッシーです!台風が2つ続けて接近しましたが、幸いかわさきの文化財には大きな被害はなかったようで、ほっとしたボクだっシー!

 さて、今日は多摩区登戸の長念寺(ちょうねんじ)の庫裏の保存修理の現場を特別公開したので、その様子をお知らせします。

 長念寺庫裏は、建築年代はわかっていませんが、江戸時代の末頃に建てられた建築で、関東大震災でかなり傾いたようですが、今に至るまで改造を繰り返されながらも、おもな構造は変えられるずに現存している寺院の庫裏として貴重ということで川崎市の指定文化財になっています。

 今年の春から、長念寺では、老朽化に伴い、耐震補強や屋根の葺き替えが必要な庫裏の保存修理が行われています。客殿庫裏を新築するレイアウトの都合上、庫裏は曳家(ひきや)で現在よりも北側に移設することになっており、そのための揚家の行程を公開したのです。

長念寺本堂での説明

 保存修理現場の公開は、教育委員会からもお願いしたことですが、なによりもお寺と檀家の皆さんが、地域のみなさんにもぜひ見ていただきたいという強いご希望があり、施工会社の御協力をいただいて実施したもので、事前にお申込みをいただいた市民約100名が参加されました。
 
 はじめに、こちらも市の指定になっている長念寺本堂にて、庫裏の文化財としての価値や、保存修理の方法について説明したあと、一見は百聞に如かずと、現場を見学していただきました。
 みなさん、工事現場での見学ということで、ヘルメットを着用し、若干緊張した面持ちでしたっシー。

揚家の状況を見学

 本来は、地面から建物が持ち上がった状態を見学していただく予定だったのですが、あいにくの台風で工事が遅れており、結局、 建物の下に鋼材を入れ、10カ所を油圧ジャッキで少しずつ少しずつ建物を揚げている部分を見ていただきました。

 見ていた方からは、どれくらいの速さで曳家がされるのかだとか、曳家の方法、今後の修理の内容についてなど、さまざまな質問があり、皆さん興味深く見守っていました。

長念寺の保存修理については、今後もさまざまな工程があるので、時に応じてご紹介をしていきたいと思っていますので、みなさんも楽しみに待っていてくださいね!シッシッシ~。

2014年10月12日 地名散歩「横浜の中原街道」(1)道中坂から山田神社

 一昨年、虎の門からはじまった「中原街道の地名散歩」、3年目の今年は横浜市域を歩きます。先週5日には、新編武蔵風土記稿の該当部分を読みながら、見て歩くポイントを学習室で確認しましたが、いよいよ今日からは現地を歩きます。

 集合場所の道中坂下バス停に集合し、いよいよ出発です!このあたりは、源頼朝の父・義朝の第一の郎党・乳兄弟の鎌田正清の館があったと伝えられており、現在も「鎌田堂」と呼ばれる小さな祠が中原街道沿いにあります。

 今日は、鎌田堂跡→観音寺→三宝寺跡→のちめ不動→山田神社とかなりアップダウンのあるコースですが、参加者の皆さん、健脚の中西講師にしっかりと続いて歩いていらっしゃいました。

三宝寺跡の地神塔

 三宝寺は、現在は廃寺となり東山田の公民館が建っていますす。この寺については「新編武蔵風土記稿」には、小名 殿谷にあり、浄土宗、江戸下谷の幡随院の末寺であり、山号を東林山といったことを記しています。また、永暦元年(1160年)に亡くなった鎌田正清の菩提を弔うために遺臣が100回忌に石碑を建立したと寺伝で伝えていることを年代が合わないことを理由に「疑うべし」としています。この石碑と考えられる板碑は、現在、高津区久末の妙法寺に保管されているものと考えられています。
 いずれにしても、寺は廃寺となり、境内にあった地神塔など、いくつかの石造物が残されているほかは、その面影を伝えるものはありません。

急で長い山田神社の石段 

 鎌田堂や三宝寺など、中原街道沿いに鎌倉にちなむ伝承が残されていることが注目されるとのことでした。
 点々と残されている中原街道の旧道を歩くと、なんだか懐かしいような気持ちがしてきました。
 この日最後には、旧妙見社に周囲の神社が合祀された山田神社へ向かいます。山田神社は、長い石段を登った尾根の先にあり、さすがの健脚ぞろいの参加者の皆さんも息が上がったようです。
 この神社の特徴は、(1)神社なのに梵鐘がある、(2)手水鉢の銘文に「神地村松原」と彫られ、中原区の上小田中周辺の石工が細工をしたものであることが分かることなどです。

山田神社の手水石 銘文を確認中

 皆さん、銘文を自分の目で確認するべく、かがみこんで熱心に見入っていました。
 覆屋の中にある、横浜市指定文化財になっている山田神社本殿や江戸時代の梵鐘などもそれぞれが確認。
 蚊に襲われつつも、自分の目でしっかり確認する、勉強熱心な皆さんです。
 本日の行程を終え、横浜市営地下鉄東山田駅に向かう道すがら、山田神社のある丘陵を仰ぎ見て、ずいぶん高いところまで登ったんだねと感心しきりの皆さんでした。
 きっと今夜は皆さんぐっすりと眠ることでしょう。

2014年10月5日 塚越古墳見学会を実施しました。

 台風18号の影響で、朝から雨が降りましたが、塚越古墳の発掘調査見学会は、10時から11時までに時間を短縮して実施しました。

 雨の中、見学にお越しいただいた皆様、どうも有難うございました。また、「この荒天だもの、延期だろう」と御判断された皆様、大変申し訳ありませんでした。私有地での確認調査で、調査期間が限られており、日を改めての開催をすることが出来ません。どうか御了承ください。

塚越古墳

 塚越古墳は、『新編武蔵風土記稿』(江戸時代後期に編さんされた武蔵国の地誌)には「塚越村は其の名の起る處を按に、村内に古塚ありて其邊を塚の越といへり、此塚あるより起こりし地名なることしらる」と記述があり、「塚越」という地名の由来になったとされる古墳です。
 この古墳が本当に古墳なのかどうかは長い間分かっていませんでした。しかし、平成25年3月28・29日に川崎市教育委員会が確認調査を実施した結果、古墳の周囲に掘られた溝や埴輪の破片が発見され、確実に古墳であることが判明しました。
 今回は、この古墳のさらに詳細な内容を把握するため、第二次調査として実施しました。

見学会で説明する職員

 この結果、築造時に古墳に据えられた埴輪から6世紀前半の古墳とみられ、幅約3mの周溝が巡っていたようです。
 蟹ヶ谷古墳群第1号墳(前方後円墳)よりもやや古い時期にあたり、中原区以南の多摩川低地に築かれた古墳としては唯一現存する古墳で、川崎市において歴史的に重要な遺跡の一つであると言えます。

出土した埴輪をみる見学者

 この雨のなか、約40人の見学者が来てくださいましたが、さすがこの雨の中でも出かけてくださる猛者ばかり、出土した埴輪などもじっくり観察されていましたよ!

2014年10月4日 初山獅子舞の宵宮を訪ねました。

 こんにちは、シッシーです!台風の影響が心配な週末ですが、今日は宮前区初山地区に伝わる初山獅子舞の宵宮が行われ、地元初山を中心に多くの人が訪れました。

勇壮な獅子の舞

初山の獅子舞は一人立獅子舞(一つの獅子頭を一人が頭につけ、胸には鞨鼓をつけて舞う)であり、獅子頭につけた布に2人が入り、前足・後ろ足を分担する二人立獅子舞とは系統が違うと考えられています。
 3頭の獅子と幣負い(へいおい・天狗)が土俵の上で舞いますが、舞手の4人は地元の小学校6年生・中学校2年生です。

 いつからはじまったかはよく分かりませんが、初山ではすくなくとも江戸時代の初めには始まっていたようです。
 

初山獅子舞2

 途中には、博打をうつ場面がありますが、宵宮でみると、昼の奉納とはまた違ってアヤシイ雰囲気が満載です。
 獅子舞の後半は、2頭の男獅子が1頭の女獅子を奪い合うというドラマチックな展開をしますが、宵宮の獅子舞は幻想的な雰囲気で盛り上がります。

 地域のたからである伝統芸能は若い世代をはじめ、多くの地域の人々の努力により引き継がれています。どうぞ、みなさんも応援してくださいね!

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お問い合わせ先

川崎市 教育委員会生涯学習部文化財課

〒210-0004 川崎市川崎区宮本町6番地

電話:044-200-3305

ファクス:044-200-3756

メールアドレス:88bunka@city.kawasaki.jp