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鷲ヶ峰遺跡旧石器時代出土品

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2017年6月13日

鷲ヶ峰遺跡旧石器時代出土品

第1地点出土の2万3千年前の石器

第1地点第1文化層出土石器

第2地点出土の2万3千年前の石器

第2地点第1文化層出土の石器

鷲ヶ峰遺跡出土の3万数千年前の石器

第2地点第2文化層出土の石器

 ※第1文化層、第2文化層の表記はローマ数字ですが、川崎市ホームページのシステム上アラビア数字にて表記しています。

年代

旧石器時代

員数

一括

所有者

川崎市

所在地

中原区等々力1-2 川崎市市民ミュージアム

指定

川崎市重要歴史記念物 平成28年6月23日

内訳

一括95点 

第1地点      

 (1)第1文化層出土石器群 9点

   ( 彫器 1点、微細な剥離痕のある剥片 5点、剥片 3点)  

第2地点

 (1)第1文化層出土石器群 34点

   ( ナイフ形石器 1点、彫器 1点、削器 3点、微細な剥離痕のある剥片 14点、剥片 14点、残核 1点 )               

 (2)第2文化層出土石器群 52点

    ( ナイフ形石器 3点、削器 5点、二次加工のある剥片 3点、微細な剥片痕のある剥片 8点、剥片 32点、残核 1点    

       

解説

  鷲ヶ峰遺跡は、多摩川の支流である平瀬川の上流域に位置し、多摩丘陵(多摩1面)の尾根上に立地する。遺跡周辺は、丘陵を開析する小規模な谷戸が数多く入り組み、平坦面が狭い痩せ尾根状の地形をなす。遺跡の標高は最高部で97mを測り、遺跡北方及び南方の平瀬川や同支流との比高差は約30mである。第1地点(川崎市宮前区菅生ヶ丘8061他)と第2地点(同区菅生ヶ丘2174)は、尾根上に50m余りの距離を隔てて隣接している。

 第1地点は、鷲ヶ峰遺跡発掘調査団(団長:金子皓彦)によって、昭和56年7月25日から8月9日(試掘)と昭和56年9月17日から11月6日(本調査)の発掘調査が行われ、縄文時代の遺構・遺物と旧石器時代の遺物が発見された。旧石器時代の遺物は、立川ローム層最上部のソフトローム(相模野台地のB1層に相当する)から9点の石器群が出土した(第1文化層)。

 第2地点は、稗原-1遺跡発掘調査団(団長:大川 清)によって、平成3年8月4日から9月25日(試掘)と平成3年10月14日から同4年1月14日(第1次本調査)及び平成6年5月24日から9月10日(第2次本調査)の 発掘調査が行われ、平安時代・縄文時代の遺構・遺物と旧石器時代の遺物が発見された。旧石器時代の遺物は、第1地点と同じく、立川ローム層最上部のソフトローム(B1層)から34点の石器群が出土し(第1文化層)、さらに、下層のB4層から52点の石器群が出土した(第2文化層)。

 鷲ヶ峰遺跡の両地点から出土した石器群は、前後2時期に及び、数量的にはけっして多くはないものの、それぞれ当該時期の特徴をよく現している。

 第1文化層は、第1地点9点、第2地点34点の石器群からなり、その器種組成は、ナイフ形石器1、彫器2、削器3、微細な剥離痕のある剥片19、剥片17、残核1 から構成される。これらの石器群の石材は、両地点とも珪質頁岩・頁岩・チャートから構成され、多摩川流域の遺跡に多くみられる石材構成である。

 おもな石器の特徴をみると、ナイフ形石器は、先端部を欠損しているが、珪質頁岩の石刃を素材とし、二側縁に急斜な調整剥離を行って左側縁上部を刃部とした茂呂型ナイフ形石器である。

 彫器は珪質頁岩の縦長剥片を素材とし、素材打面近くの両側縁に抉入状の急斜な調整剥離を行った後に、左側から素材を横に断ち切るように剥離を行って彫刀面を作出した上ヶ屋型彫器である。

 削器は、石刃や剥片の縁辺に刃部を作出したもので、その調整剥離は鋸歯状の剥離や微細な剥離など多様である。

 剥片は合計36点あるが、このうち半数以上の19点は縁辺に微細な剥離痕がみとめられ、道具として使用されたことを示している。

また、これらの加工された石器の素材や剥片の作出技術(剥片剥離技術)の特徴をみると、打面の転位や再生を頻繁に行って石刃を量産する「砂川型刃器技法」として捉えられ、上下及び両側面に打面を設定した痕跡を残す残核からもその剥片剥離技術の特徴が窺える。

 こうした石器群の特徴は、相模野台地のB1層石器群に共通するもので、ナイフ形石器文化後半期の特徴をよく現している。次に、これらの石器群の性格については、その出土状態をみると、第1地点では近接した2箇所のブロック、第2地点ではやはり近接した3箇所のブロックをそれぞれ中心として少数の石器が散在しており、わずかな剥片製作の痕跡はみとめられるものの、短期間の滞在により、剥片や彫器・削器などを使用した作業場と理解される。

 しかも第1地点・第2地点が同時に残されたものではなく、おそらく多くの石器製作を行った拠点的な遺跡から、複数回にわたりこの地を訪れて作業を行った場所と推定され、遊動生活を中心としたこの時代の生活様式の一端をよく現している。

 第2文化層は、第2地点52点の石器群であり、その器種構成は、ナイフ形石器3、削器5、二次加工のある剥片3、微細な剥離痕のある剥片8、剥片32、残核1から構成される。石器群の石材は、チャート・頁岩・珪質頁岩・細粒凝灰岩・硬質細粒凝灰岩・ガラス質黒色安山岩・珪質岩・赤玉石(碧玉)・黒曜石と、多種の石材から構成されるが、数量的には、多摩川の石材と考えられるチャートと珪質頁岩が多くを占める。

 おもな石器の特徴をみると、3点のナイフ形石器は、黒曜石の横長剥片を素材としたペン先形を呈する基部加工の石器、珪質岩の石刃を素材とした基部加工の石器、ガラス質黒色安山岩の横長剥片を素材とした台形状を呈する石器(台形様石器)である。

 また、剥片の側縁等に調整剥離を行った削器や、部分的で不規則な加工を行った二次加工のある剥片、微細な剥離痕のある剥片など道具として使用された石器が数多くみとめられる。これらの加工された石器の素材や剥片の作出技術(剥片剥離技術)の特徴をみると、珪質岩や硬質細粒凝灰岩を石材とした石刃を連続剥離する剥片剥離技術と、チャートや珪質頁岩などを石材とした90度あるいは180度の打面転位を頻繁に行って寸詰まりの剥片や横長剥片を剥離する剥片剥離技術がみとめられる。

 こうした石器群の特徴は、刃部磨製の石斧こそみとめられないものの、相模野台地のB4層石器群や武蔵野台地の9層石器群と共通しており、ナイフ形石器文化前半期の特徴をよく現している。次に、これらの石器群の性格については、その出土状態をみると、近接した3箇所のブロックから少数の石器と礫が出土しており、一部のブロックでは剥片剥離など石器製作を行った痕跡を示すものの、おもに削器や剥片などを使用した作業を行った場と推定される。この石器群が残された時代では、複数の集団が一箇所に集合して生活を行った環状ブロック群が特徴的にみとめられ、その一方では集合した集団が分散して小規模な遺跡を残す、離合集散の生活を行っていたと推定されている。この遺跡はこうした集団が分散して残された遺跡と理解される。

 以上のように、鷲ヶ峰遺跡旧石器時代出土品は、その出土状況とともに、川崎市域におけるナイフ形石器文化の前半期(第2文化層)と後半期(第1文化層)の 生活を明らかにするうえで貴重な一括資料として、その学術的価値は高い。

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