スマートフォン表示用の情報をスキップ

Language

現在位置:

工業のまちへ-川崎市のたんじょう!(こうぎょうのまちへ-かわさきしのたんじょう!)

ツイッターへのリンクは別ウィンドウで開きます

twitterでツイートする

2019年1月25日

コンテンツ番号1401

工業のまちへ(こうぎょうのまちへ)

明治末に設立された日本鋼管工場の写真

 1914年、第一次世界大戦の影響でたくさんの鉄が必要となり、民営の日本鋼管株式会社がつくられました。
(1914ねん、だいいちじせかいたいせんの えいきょうで たくさんのてつが ひつようとなり、みんえいの にほんこうかんかぶしきがいしゃが つくられました。)


 また、多摩川ぞいや海辺にたくさんの工場ができ、そこで働く人が全国からあつまり、川崎のまちのようすが大きく変わりました。
(また、たまがわぞいや うみべに たくさんのこうじょうができ、そこではたらくひとが ぜんこくからあつまり、かわさきの まちのようすが おおきくかわりました。)

川崎市のたんじょう!(かわさきしの たんじょう!)

初代市庁舎の写真

 1924年(大正13年)、川崎町、御幸村、大師町とが合併し、川崎市が誕生しました。
(1924ねん(たいしょう13ねん)かわさきまち、みゆきむら、だいしまちとが がっぺいし、かわさきしが たんじょうしました。)

神奈川県では横浜市、横須賀市についで、3番目に誕生しました。
(かながわけんでは よこはまし、よこすかしについで、3ばんめにたんじょうしました。)

人口はおよそ5万人で、初代市長は、石井泰助です。
(じんこうは およそ 5まんにんで、しょだい しちょうは いしいたいすけです。)

大正時代中期の川崎駅前の繁華街の写真

このページに対してご意見をお聞かせください

このページは役に立ちましたか?
このページは見つけやすかったですか?

いただいたご意見は、今後の当ホームページ運営の参考といたします。

お問い合わせ先

川崎市 こども未来局青少年支援室

〒210-8577 川崎市川崎区宮本町1番地

電話:044-200-2344

ファクス:044-200-3931

メールアドレス:45sien@city.kawasaki.jp