川崎市水道100年史(概要版)
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~令和3年~昭和56年~昭和39年昭和から平成へと時代が進んでも、川崎市の人口は予測どおり順調に増加していきました。しかしながら、水需要は産業構造の変化や節水意識の高まりなどに伴い、予測とは違って横ばいで推移し、その結果、昭和50年代以降、給水能力と配水量がかい離するという状態が生じていました。また、これまでの拡張事業で建設した浄水場などの大規模な施設が老朽化し更新時期を迎えていたこと、併せて大規模地震への備えとして施設の耐震化や、地球温暖化対策等の環境への配慮も求められていました。こうした背景から平成18年(2006)8月、将来の水需要予測に基づき適正な事業規模へ見直しを行うことで、健全な経営基盤を確立するための「再構築計画」を策定しました。そしてそれに基づき、平成20年(2008)度から再構築事業に着手し、潮見台浄水場・生田浄水場を廃止して長沢浄水場に機能集約する浄水場の統廃合を進め、これにより、基幹施設の更新及び耐震化も達成しました。こうして、平成29年(2017)3月の工事完了をもって全国に先駆けた給水能力のダウンサイジングを実現しました。川崎市は相模川上流の水源から市内まで高低差を活かした自然流下を主体に水を配っていますが、川崎市唯一の上水道の浄水場となった長沢浄水場そのものも、この再構築事業により、電力を使わずに地形の高低差を利用した自然流下で浄水処理できるシステムになりました。それに加え、配水池、ろ過池、雨水調整池の上部には太陽光パネルを設置し、発電した電力を場内で使用して、余った電力は蓄電池に充電することで、停電時のバックアップ電源にするなど、危機管理対策としても活用しています。こうして再構築事業を経て、長沢浄水場は環境にやさしい浄水場に生まれ変わったのです。kawasaki watersupply100th大正10年~昭和14年水道事業のあゆみあゆみ年長沢浄水場[ 再構築事業 ]9昭和60年3月(1985)黒川高区配水池が完成5月「近代水道百選」に長沢浄水場が選ばれる平成7年1月(1995)阪神・淡路大震災(神戸市へ職員を派遣)5月広報紙創刊(年4回発刊)平成9年12月(1997)ウェブサイトを開設平成10年4月(1998)指定給水装置工事事業者制度を導入平成12年12月(2000)宮ヶ瀬ダムが完成平成13年1月(2001)水道マスコットキャラクター「ウォータン」誕生平成15年8月(2003)生田の天然水「恵水」の販売を開始平成16年4月(2004)小水力発電(江ヶ崎)が運転を開始10月新潟県中越地震(新潟県小千谷市へ職員を派遣)平成18年3月(2006)鷺沼プール跡地にカッパーク鷺沼(ふれあい広場等)を開場7月水道GLPの認定を受ける9月小水力発電(鷺沼)が運転を開始平成19年3月(2007)川崎・東京登戸連絡管及び川崎・東京町田連絡管が完成7月新潟県中越沖地震(新潟県柏崎市へ職員を派遣)平成22年4月(2010)上下水道事業の組織統合により上下水道局が発足第1導水ずい道改修工事(第1回)S63~H1第1導水ずい道改良事業(第2回)H5~8第1導水ずい道改良事業(第3回)H11~15第1導水ずい道改良事業 (第4回)H16 ~18

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