川崎市水道百年史 川崎市上下水道局
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362第5節 第1次暫定拡張事業1 背景 第2期拡張事業の完了により、川崎市の工業用水道は1日18万1,000㎥の施設能力を有するに至った。そして、その後の川崎市における諸産業の発展は目覚ましく、市内各工場の工業用水需要は著しい増加傾向にあった。 一方、神奈川県では、国土総合開発の一環として、戦争のため一時中止を余儀なくされていた「京浜工業地帯造成事業計画」のうち、未着手地区の埋め立てを再開することとなった。そこで神奈川県が運輸省(現:国土交通省)及び川崎市とともに検討した結果、川崎港の港湾整備計画に基づき、昭和31年(1956)度から昭和37年(1962)度までの7か年計画で、120万4,000坪の「川崎臨海工業地帯造成事業」に着手することとなった。 また、川崎市でも、昭和22年(1947)度から昭和28年(1953)度までの7か年にわたり、大蔵省(現:財務省)から払い下げを受けた千鳥町埋立地の未完成部分の埋め立てを行った。更に、昭和32年(1957)度から昭和33年(1958)度の2か年継続事業として、千鳥町南側の公有水面7万6,000坪を埋め立てることとなり、京浜重工業地帯として飛躍的発展の基礎が築かれることとなった。 このため、これらの埋立地帯に将来誘致される工場の工業用水需要は、相当増大することが予想された。川崎市は早期に長期計画を立てる必要に迫られ、昭和31年(1956)3月に水道事業拡張計画基本方針を作成し、工業用水道は昭和45年(1970)度を目途として拡張事業を実施して、1日25万㎥を増量することとした。 この拡張計画基本方針に基づき、地下水の過剰な汲み上げによる地盤沈下の防止と地下水源保全を目的とした工業用水法の施行や、既存各工場の需要水量増加に対処するため、長期拡張計画の一環として、給水量1日2万㎥の増加を図ることとした。 なお、工業用水法第3条第1項の規定に基づいて、政令で定める地域(指定都市)として、川崎市は当初、「川崎市のうち、日本国有鉄道東海道本線以東の地域、ただし公有水面を除く」と定められていた。2 計画の概要⑴ 規模給水対象  2社1日給水量 2万㎥⑵ 工事計画 木月、井田地内に設置する10か所のさく井を水源とし、各井から平間水源管理所の調圧水槽に導水し、既設配水管により大師河原産業道路まで配水した後、扇町所在の昭和電工、水江町所在の日本鋼管へ給水することとした。第2編工業用水道第2章高度成長期を支える工業用水道の拡張

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