みなさん、こんにちは。明治大学の専任講師の川島範久です。 多摩区の令和4年度 大学・地域連携事業として、明治大学は、「かわさき そだちワイン」による多摩区のための新たな地域ブランド創出事業を進め させていただきました。 本日は、本事業を進めた理工学部建築学科・地域デザイン研究室を代表し て、私、川島が発表させていただきます。 内容としましては、はじめに、多摩区のポテンシャル調査、先行事例調査、 ワインイベントの参加、おわりに、の順でご説明します。 本事業の目的は「多摩区での六次産業化の成立と都市農業や地域経済の活 性化」です。 現在、川崎市では農業振興や豊かな緑地を保全するため、かわさきそだち ワイン特区が制定されていますが、認定を受けているワイナリーはまだ多 くありません。多摩区におけるワインの醸造を実現させ、「かわさきそだ ちワイン特区」事業の川崎市全体への普及・促進を図るため、 多摩区で醸造施設をつくり、地域の果樹栽培農家と飲食店との連携体制を 整えることを提案します。 事業内容は大きく分けて3つあります。 1つ目は、多摩区のポテンシャル調査です。多摩区の特徴を知り、多摩区 でのワインの醸造を実現するために行います。 2つ目は、先行事例研究です。醸造施設の設計と果樹園農家・醸造施設・ 飲食店の三者の連携体制をつくる準備のため、また、ワイナリーの醸造施 設の実測、連携体制の実状を確認するため行います。 3つ目は、ワインイベントの参加です。地域住民と学生が連携して事業を 進める体制を整えたり、ワインイベントを行う際の参考にしたり、参加者 やイベントの特徴などの分析をしたりするために行います。 今年度は、本プロジェクトの最終目標である、六次産業化、地域経済の活 性化、農業都市の振興、の3つを達成するためのファーストステップとし て行いました。 では、さっそく、今年度の活動について詳しくお話ししていきたいと思い ます。 みなさんは「ワイナリー」と聞いてどういったものを想像するでしょう か? おそらく、広大な敷地にぶどう畑や醸造施設を擁する大規模なものを思い 浮かべる方が多いのではないでしょうか。 もちろん、そういったワイナリーがこれまでは一般的でしたが、近年、ま ちなかにワイン醸造所を構える「都市型ワイナリー」というものが設立さ れ始めています。 都市型ワイナリーの事例として東京ワイナリーを見てみましょう。ここは 練馬区の大泉学園駅から徒歩10分ほどの住宅街に位置する、都内で初めて できたワイナリーです。 山梨県にある大規模なルミエールワイナリーと比較してみると、規模が相 当違うことが分かると思います。都市型ワイナリーは小規模、という特徴 があり、だからこその強みと課題を持っています。 東京ワイナリーでは、1から10まで、近隣住民の方を巻き込んでワインづ くりをしています。どういうことかと言いますと、「プロジェクト」とい う形で、住民の方が葡萄を栽培しています。 一般的な郊外のワイナリーでは、ワイナリーが所有する大きな農園の基本 全てを自分たちで管理することが多いですが、東京ワイナリーでは、住民 に協力してもらって、練馬区のまちなかに点在している8か所の畑で葡萄 を育てています。 また、ワインづくり体験講座を開くなど、イベントを通して参加者と一緒 に醸造もしています。 他の都市型ワイナリーも後でご紹介しますが、このように、都市型ワイナ リーには、周辺に飲み手が多いからこそワインづくりの過程に参入する協 力者が多いこと、また、地域に拠点を点在させることでネットワークをつ くり、地域住民のコミュニティ形成を後押ししていることが特徴としてあ げられます。 こういったことを踏まえると、実は、多摩区は、「都市型ワイナリーを通 じたまちづくり」のポテンシャルが高いまちなのではないか、と私たちは 考えました。 川崎市が作成した、「川崎市都市計画マスタープラン多摩区構想改定素 案」の資料を見てみると、多摩区は平坦地と丘陵地に2分割されているこ とがわかります。 土地利用としては、丘陵地の方は山林や公共用地がありますが、平坦地の 方はほぼ住宅系土地利用と農地で形成されています。 平坦地の方は市街地に農地が点在しているため、生産者と消費者の距離が 近く、ワイナリーを核とした地域ネットワーク形成のポテンシャルが高い 環境であるといえます。 一方、川崎市全体としては、農家数、農業振興地域の遊休農地面積は減少 傾向にあります。2006年から2015年の間に約100ha減少し、農地の存続は 喫緊の課題といわれています。 多摩区は、生活圏内に多摩川が流れていることも特徴です。JR南武線の 駅、特に小田急線と南武線の乗り換え地点で利用者の多い登戸駅は多摩川 に非常に近く、利活用の推進もされ始めています。 実際にフィールドワークを行ってみたところ、新しくできたスケボーパー クには若者が集まり、高架下にカフェの出張所が置かれるなど、興味深い 動きが多く見られました。多摩川沿いのサイクリングロードと遊歩道は常 に人が移動し、利用頻度が高くみえました。 登戸付近の多摩川エリアには、スケボーパークのような固定された静的な 場所と、遊歩道などの動的な場所が交差するため、偶発的な出会いが発生 しやすい場所と言えます。 多摩川付近に様々なポテンシャルがある一方で、農地と飲食店を色 分けしたマップを見てみると、飲食店は駅付近に集中しており、多 摩川沿いにはほとんどありません。 多摩区のポテンシャル調査の結果をおさらいします。 @多摩区の平坦地側は、市街地の中に農地が点在しているため、生 産者と消費者の距離が近く、ワイナリーを核とした地域ネットワー ク形成を作るのに適した環境である。 A登戸付近の多摩川エリアには、スケボーパークなど固定された静 的な場所と遊歩道などの動的な場所が交差し、偶発的な出会いが発 生する可能性が高い。 B飲食店は駅付近に集中しており地域住民が集まって食を楽しむと ころが限定的になっている。 といったことが読み取れました。 以上のように、多摩区は「都市型ワイナリーを通じたまちづくり」 のポテンシャルが高いまちであることを理解していただいたうえで、 次に、先行事例調査とワインイベントの参加による調査の結果をご 紹介したいと思います。 今年度、私たちは18か所のワイナリーを見学しました。 まちなかに醸造所を構える小規模の都市型ワイナリー、郊外にあ る、中規模のワイナリー、山梨や長野の全国展開などをしている大 規模なワイナリー、それぞれに特徴があります。 今回は、見学したワイナリーの中から、規模別に、多摩区の参考に なりそうなものをピックアップしてご紹介したいと思います。 先ほど、東京ワイナリーを例に、都市型ワイナリーは拠点を点在さ せて地域ネットワークを形成しているとお話しましたが、ネットワ ークのつくりかたはワイナリーによって様々です。 こちらのワイナリーでは、ワイナリーの近くのスーパーマーケット が入るビルの屋上で葡萄栽培をしています。屋上にはビアガーデン があり、葡萄の栽培ポットを見ながら食事を楽しむことができます。 また、他にも、このワイナリーは、近くの東京海洋大学と共同研究 を行ってワインを開発していたり、地域の祭りに積極的に参加した りもしています。 また他の都市型ワイナリーでは、ワインづくりに関する様々なイベ ントを開催しています。 これはそのワイナリーに関係する場所のマップですが、いちごのビ ニールハウス、葡萄畑、小学校や大学など、イベントに様々な場所 が利用され、地域ネットワークが形成されていることがわかるかと 思います。 こちらは、別の都市型ワイナリーの醸造所の一角の写真ですが、醸 造用タンクを数多く置くことができないので、数少ないタンクで年 に4回転くらいの頻度で醸造しているそうです。 こちらは販売スペースから撮った360度の写真です。醸造所と販売 スペースに小窓を設けて、醸造所の雰囲気を感じ取れるようにして いたり、近くの美大生に黒板に絵を描いてもらったりして店内の雰 囲気づくりの工夫をしていました。 道路側に搬入用の大きな開口を設け、来客者用の入口は奥に設けて いる事例もあります。 ここも先ほどと同様に、店内から醸造所の動きが分かるよう、ガラ スで醸造所と飲食スペースを仕切っています。 次に中規模ワイナリーの事例を見てみましょう。こちらは埼玉県に あるワイナリーで、都市型ワイナリーより大きな醸造所があり、タ ンクも数が多いです。都市から少し離れるだけで相当規模感が変わ ってくることが分かると思います。 規模が大きくなると、安定して醸造量が確保できるほか、ワインを 楽しんで飲む場も広くとることができます。こちらは販売スペース に併設する形で飲食スペースが配置されていますが、景色を楽しみ ながらワインを飲める窓際のテーブルと、テラスを設け、ひろびろ した空間づくりを工夫しています。 景色を楽しめるところは、他の中規模ワイナリーにもみられます。 ここは、ブドウ畑に囲まれてワイナリーへ導かれるという変わった 動線計画で、レストランからは、ブドウ畑を一望することができま す。 ワイナリーから少し離れたところにレストランが位置する事例もあ りました。 次に大規模ワイナリーを見てみましょう。大規模ワイナリーは、よ り大きな作業空間を確保していることに加え、観光地としての役割 を担っているケースが多いです。 写真を見て分かるように、来客者に見学を楽しんでもらえるような 仕掛けをつくっているワイナリーが多く見られました。 また、飲食スペースはとても広く、周りの大自然と一体になったよ うな場づくりをしていました。 先行事例調査のまとめです。都市型ワイナリーは、地域ネットワー クを構築し、コミュニティ形成の後押しをしていました。 また、面積が狭い場所で醸造する事例も多く見られました。そのよ うな狭い場所で、生計を立てるほどの醸造量を確保するためには、 レイアウトや搬入口、醸造タンクの回転数などを工夫する必要があ る。 最後に、中規模・大規模ワイナリーは飲食スペースと自然の距離が 近く、自然と一体的な場づくりがされている。といったことが分か りました。 人口も自然も多い多摩区では、これらのことから参考にできること がたくさんあると思います。 18か所のワイナリー見学を終え、都市型ワイナリーの現状を把握し たうえで、多摩区の隣の麻生区の岡上にある蔵邸ワイナリーのヌー ボーイベントに参加してきました。ヌーボーとはその年のブドウを 使ってできた最初のワイン解禁日のことで、他のワイナリーでもヌ ーボーイベントはよく開催されています。 今回私たちは、来場者がワインを飲むスペースを作るため、テーブ ル、旗、ブックレット、ネットワークマップを制作しました。ま た、多摩区と岡上のおすすめ飲食店を聞くパブリックドローイン グ、インタビュー調査、ブックレット説明会を行いました。 机と装飾用の旗は、ワイン染めをしています。こちらは制作過程の 様子です。 完成した飲食スペースの写真です。当日は多くの人で賑わい、制作 した机を囲んで談笑したり、旗の写真を撮っている方もいました。 蔵の2階にある展示スペースでも多くの人に制作物を見ていただきまし た。 こちらはアンケート結果です。イベント来場者の居住地は麻生区以 外の方が多く、イベントを知ったきっかけは様々でしたが、タウン 誌などの紙媒体からイベントに参加した方が一定数いることに少し 驚きました。 ワイン造りの過程では、どの工程もある程度関心が寄せられ、特に 栽培、醸造に興味がある人が多くいることが分かりました。 こちらはアンケート結果です。イベント来場者の居住地は麻生区以 外の方が多く、イベントを知ったきっかけは様々でしたが、タウン 誌などの紙媒体からイベントに参加した方が一定数いることに少し 驚きました。 ワイン造りの過程では、どの工程もある程度関心が寄せられ、特に 栽培、醸造に興味がある人が多くいることが分かりました。 イベントの参加より、イベントを開催した場合、少し交通の便が悪 くても人数は集まる。ワイン造りの過程に興味を持つ人が多い。と いったことがわかりました。 今年度の活動をおさらいします。多摩区のポテンシャル調査より、 多摩区には「都市型ワイナリーを通じたまちづくり」のポテンシャ ルがあり、また、農地が住宅地の中に点在しているため、消費者と 生産者の距離が近い。 先行事例調査からは、都市型ワイナリーは一般的に自然を感じる飲 食スペースが少ない ワインイベントの参加からは、アクセスの良し悪しに関わらず、イ ベントには来場者が多く集まる、といったことが分かりました。 以上のことから、多摩区の場合、ワイナリーを設立する場合は、都 市型ワイナリーが環境的に参考となり、周りの飲食店や農地と協力 した方が持続できる可能性が高い。 また、多摩区は市街地に農地が点在し、多摩川が流れているため、 自然を活かした飲食スペースをつくることができる。 最後に、人口が多く、アクセスの良い場所でイベントを開催した場合 、来場者が色々なエリアから多く集まる可能性が高く、地域の人 のコミュニティづくりだけでなく、多摩区のPRにもつながる。 といったことが考えられます。 今年度の調査・活動を踏まえまして、私たちは、「ワインを通して 多摩区のみんなでまちをつくる」というビジョンを提案したいと思 います。 まずは、多摩区の住民や飲食店、企業などで葡萄を育ててもらいま す。葡萄を育てる場所は畑である必要はなく、本日紹介した都市型 ワイナリーのように、ポットで葡萄を栽培することも可能ですの で、建物のバルコニー、パーゴラや屋上、店先や街路沿いなどでも 葡萄を育てることも不可能ではないはずです。そうして多摩区民の 皆さんで作った葡萄を一か所に集め、醸造します。醸造所の設立に は多くのステップが必要ですので、はじめは近くのワイナリーに委 託醸造をすることになるかと思いますが、ゆくゆくは多摩区のワイ ナリー設立ができればと考えています。 そして、醸造してできたワインを多摩区の多摩川沿いや飲食店でみ んなで飲む、ということができたらよいなあと考えています。 個々で作った葡萄がひとつのワインとなってみんなでシェアできれ ば、ワインづくりに興味を持つひとが増え、多摩区に賑わいがもっ と生まれ、推奨している多摩川沿いの利活用の推進や経済効果も期 待できると考えています。 さらに、そうしたこの活動を見た方々が多摩区で飲食店を開いた り、イベントがもっと多くの頻度で開催されたりし、最終的には、 農地で葡萄栽培を始める人がでてきたり、ワイナリーを設立する人 が現れ、「かわさきそだちワイン特区」の利用につながるのではな いでしょうか。 最後になります。先ほどのビジョンを実現するため、来年度は、農 ×飲×民のコミュニティ強化、事例調査、ワインイベントの参加を 行っていく予定です。 農×飲×民のコミュニティ強化としては、農地・飲食店・多摩区 民、三者の連携体制をつくる準備のため、ワークショップを企画し たり、区民参加型のワインづくりを行うための、プラットフォーム の作成・運営を行っていこうと考えています。 事例調査としては、市民参加型イベントの参加や行政主導でまちづ くりが行われている場所などの調査や、持続可能なプラットフォー ムの運営を実現させるため、オンライン×実空間などでコミュニテ ィづくりを行っている方にインタビューをしたいと考えています。 ワインイベントの参加としては、今年度同様、ワインに関心のある 方とかかわり、生の声を聞き、市民参加型のワインづくりを実現す るための情報収集のため、ワインイベントに参加したいと考えてい ます。 本事業の今年度の報告は以上となります。ご清聴ありがとうござい ました。