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後北条氏の虎の印判状永禄元年五月十一日付

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2010年2月15日

後北条氏の虎の印判状 永禄元年五月十一日付

後北条氏の虎の印判状 1通

年代

永禄元年(1558)

法量

縦32.9cm 横31.8cm

所有者

中原区等々力1-2(市民ミュージアム)

指定

市重要歴史記念物 昭和50年12月26日指定

解説

 この印判状は、第3代小田原城主の北条氏康が、恒岡某と長尾百姓中にあてて出した、いわゆる撰銭令ということができよう。恒岡某は長尾村の領主とみられるから(『小田原衆所領役帳』)、この法令は長尾村の領主と住民の両者にあてて出していることが分かる。
 文書の料紙は、横に2つ折りにされていないが、このように用いた形状を、竪紙といっている。ただ、この文書は端(前)の部分が欠けているので、現在は横幅が短くなっている。
 この時代には、種々さまざまの銭貨が流通していて、市場その他で、精銭(善銭)を撰り取り、悪銭を撰り捨てる(拒む)ことが行われていた。このような精銭・悪銭を撰る行為を、当時「撰銭」(えりぜに・えりせん・せんせん)といい、これにかかわる法令を撰銭令と、今日よんでいる。
 この文書は、前の部分が欠如していて断定しがたいが、新銭と古銭の使用禁止の悪銭に関する規定とみられる。その趣旨は、まず、新銭についての悪銭を列挙し、その見本を宿場の制札に打ち付け、公示する意味らしい。次に、古銭の悪銭については、旧来から法定しているように、欠除が甚だしい銭(大かけ)、大きなひび=割れ目のはいった銭(大ひびき)、打ちつぶれた銭(打ひらめ)の3種として使用を禁止し、それ以外は如何なる銭であっても、古銭であれば受け取りを拒んではならないとしている。以上が一ツ書きの部分の大意である。
 右云々以下では、このような規定をしたうえは、禁止した以外の銭、すなわち使用を認めた銭を、後北条氏の者とか、或いは後北条氏の奉行人とかと称して、撰り取る者があれば、代官や住民が現場に行ってその者を捕らえよ、もし高官や権力の威に恐れて、逮捕できないような場合には、直ちにこのことを目安(訴状)に書いて訴状受付の箱に入れよ、と規定している。
 さらに、日付の左右の行間に追記して、古銭のうち使用を禁止した3種の銭以外の、使用を認められている地悪銭、すなわち少々傷みのある銭を、精銭と混ぜて使用する場合の比率について記している。
 後北条氏における精銭を地悪銭(中銭ともいう)の混合比率については、永禄3年(1560)の改定代物法度で、100文中、精銭70文、地悪銭30文の法定比率が確立するが、その2年前のこの文書では、100文中の地悪銭混合の許容は20文とされている。しかも、地悪銭を30文ほど混合するのは不法であり、このような者については、刑事犯罪担当の役人がよく調査したうえで、報告せよ、と命じている。
 これと同文の文書は、後北条領国内の各郷村にも出されたはずだが、それらは現在まだ見いだされていない。したがって、この文書は、後北条氏の貨幣施策に関する史料として、極めて貴重である。

原文

後北条氏の虎の印判状 原文

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