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市バスの歴史

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2011年4月1日

市バスのあゆみ ~市バスの歴史~

1 市バスの歴史

市バス開業60周年の節目に、市バスの歴史を振り返ってみます。

金刺市長(当時)によるテープカット

金刺市長(当時)によるテープカット

川崎市バス事業は、昭和25年(1950年)12月15日、浜町三丁目~新丸子駅前間12.04kmでスタートしました。これらのバスが大島営業所(当時)に勢ぞろいしたのは、開業のわずか3日前。運転手の入所はその前日。車が来たところで運転手ごとに希望の車種をたずね、運転経験などを考えて、担当車が決められました。12月12日、13日には制服が支給され、運転や車掌業務の教育を受けるなど、準備作業は大わらわでした。

ボンネットバスのエンジン風景

ボンネットバスのエンジン風景

  • 開業当時の普通乗車料金
    1区 10円 浜町三丁目~川崎駅間
    2区 20円 川崎駅~ガス橋間
    特区 5円 ガス橋~新丸子駅間
立川バスから買収した溝ノ口出張所

立川バスから買収した溝ノ口出張所

昭和27年(1952年)には、市の西北部を走っていた立川バスから路線・車両・車庫を買収し、大島営業所溝ノ口出張所が開設されました。蔵敷線・登戸線・矢ノ口線の3路線で営業が始められ、同じ年の10月には丸子通二丁目~溝口駅前間の路線も開通。これによって臨海部から西北部まで市バスの路線系統が結ばれました。

昭和28年当時の上平間営業所

昭和28年当時の上平間営業所

翌年の昭和28年(1953年)には、内陸部への拠点として上平間営業所が開設されています。

昭和30年代初めの川崎駅前

昭和30年代初めの川崎駅前

昭和30年代初め(1955年頃)。当時の川崎駅東口バスのりばには丸い池がありその周りにはベンチが置かれていました。ゆったりとした文字どおりの駅前広場で、まだ車の数を数えることができた時代でした。

昭和36年当時の川崎駅前

昭和36年当時の川崎駅前

昭和30年代(1955~65年頃)、臨海部の工業発展に伴う急速な需要増に対して、市バスは次々に路線を延長・開設させるなど、積極的な拡充整備を進めていきました。10年間の事業拡張により、市バスの輸送力は実に4.4倍まで増強されました。1日平均14万3千人の乗客を運ぶ17路線、80系統、車両245両は、市民の足として、なくてはならないものとなりました。

ワンマンカーの運行開始

ワンマンカーの運行開始

人手不足のため、昭和37年(1962年)頃から全国でワンマンカーが増加しました。市バスでも昭和38年(1963年)にワンマン化を計画し、昭和40年(1965年)5月から御幸線と御幸公園回り西口線で7台のワンマンカーが走り始めました。その後、およそ10年間をかけて市バスは100%ワンマン化され、黒いカバンを提げた車掌の姿は見られなくなりました。

深夜バス

深夜バス

昭和55年(1980年)頃からは、冷房車の導入、大型方向幕の採用など新たな取り組みが行われました。また、通勤圏が広がり、帰宅が深夜になる人が多くなったため、新しい需要を考えて、平成2年(1990年)からは深夜バスの運行が開始されました。

ノンステップバス

ノンステップバス

平成3年(1991年)頃からは、人と環境に優しいバスへの取り組みが積極的に行われています。電気式ハイブリッドバスやCNG(圧縮天然ガス)バスを先行導入したり、平成5年(1993年)からは、エコロジー乗車券(1日乗車券)制度を開始したりしました。また、平成10年(1998年)からノンステップバスが導入され、平成22年4月1日現在、全体の73.6%がノンステップバスになっています。

市バスナビなど

市バスナビなど

輸送力の確保はもちろん、より快適に利用しやすい市バスを目指して、運行状況がリアルタイムで分かる市バスナビ、全路線図を掲載している市バスマップ、全ての停留所の時刻表が分かる市バスホームページなど、情報ツールも充実させています。

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お問い合わせ先

川崎市 交通局自動車部管理課

電話:044-200-3210

ファクス:044-200-3946