川崎市 児童相談所で働こう

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児童相談所(以下、児相)でのお仕事は、なかなかイメージしにくいものです。
そこで川崎市の児童相談所で働く石田博己さんに、仕事内容や新人時代の話、
さまざまな相談事例について教えていただきました。

課長補佐 石田 博己

大学を卒業後、事務職を経験。先輩から誘われた特別養護老人ホームでのボランティア経験から福祉の仕事に興味をおぼえ、特別養護老人ホームに就職。仕事をしながら社会福祉士の受験資格が得られる夜間の専門学校に通学するように。卒業後は、高齢者のデイサービス事業所で、サービス提供責任者・相談員として働き、社会福祉士、介護支援専門員の資格を取得する。相談業務の仕事の奥深さを知り、一生の仕事にしたいと考えるようになり川崎市役所の社会福祉職・社会人経験者採用枠で入庁。現在は川崎市の児童相談所で働く。

私は現在、児童福祉司として子どもとその家庭に関する多種多様な相談にのる仕事をしています。相談内容は、貧困や育児困難、虐待、非行など、さまざまですが、なかには当事者が相談を望んでいない場面から私たちが関わることもあります。いわゆる「児相への虐待通告」があったケースですね。

新人時代に遭遇した、泣き崩れる母の姿

児相に入って間もない頃のことです。子どもの泣き声を心配した近隣の人から連絡が入る「泣き声通告」がありました。子どもの命が掛かっているため、児相はどんな内容でも虐待通告が入れば、必ず調査を行います。

訪問をして児童相談所の職員と名乗ったところ、お母さんは泣き崩れてしまいました。「児童相談所の職員が訪問に来た」という事実にショックを受けて泣いてしまったのです。新人の私にとっては衝撃的な出来事でした。

育児を頑張っている保護者の家庭に児相の職員が家庭訪問をすることの意味を身をもって体験しました。産後間もないお母さんがいる家庭を訪問する際には、同性である女性を前面に立たせて対応するなど、あまり驚かせないように心掛けているのですが、動揺させてしまうこともあると知りました。

お伺いしたからには、訪問した理由を伝える必要があります。訪問した理由を伝え「何か困っていることはありませんか」と話しました。その件は多角的に判断した結果、赤ん坊が元気に泣いているだけという問題のないケースでした。本当にお母さんがお困りごとを抱えている場合は、親族に協力してくれる人はいないかなどを伺いつつ、必要があれば何らかの支援サービスや相談窓口をご紹介しています。子育てで大変な親御さんの支援になるプラスの情報を、少しでも伝えていくように心掛けていますね。

児相への平成21年度の児童虐待通告件数は751件ほどでしたが、令和3年度は4,030件を超えました。児童相談所虐待対応ダイヤル「189」やラインでの通告など虐待通告窓口が多くなり、市民が通告しやすい環境になっています。そのため数多くの通告が寄せられるようになりました。虐待のケースもありますが、親御さんの養育負担が大きくなっている家庭との接触の機会となる場合もあります。児童相談所の職員として児童虐待に関する通告は、自分から相談できない方、SOSが出せない方にとっての支援、関わりのきっかけとしてとらえ大切にしています。最初の関わりが「通告」から入るため、信頼関係の構築が難しい面もありますが、上司や先輩職員、同僚などと相談し合いながら進めています。

「考え過ぎて、夢にまで出た」新人時代

この仕事をして13年目になりますが、始めた頃は本当に不安ばかりでした。子どもの命に関わる仕事なので「どこまでが安全なのか、どこまで心配していいのか」当時はわかりませんでした。13年経った今でも怖さを感じることがあります。

児相で働くようになって1年目のことでした。母親、父親、子どものご家族で、母親のお腹には赤ちゃんがいるご家庭の担当となりました。母親は検診には姿を見せず、出産する病院が決まっているかなどもよくわからない状況で、地域の保健師さんなどが心配している方でした。

出産病院が決まり、子どもが無事に生まれてからは家に引きこもってしまい、産後に行われる地域の保健師さんの訪問なども受け入れを拒否していました。家庭内での状況が見えずきちんと育児をされているのか、とても不安な状況でした。何も起こっていないご家庭に踏み込むわけにもいきません。しかし起こってからでは遅いと思うと心配で、夢に出てくる日々を過ごしていました。

先輩や当時の児相に配属されていた保健師さんに相談したところ、問題があるかもわからないご家庭に勝手には入っていけないなど、児相にできることとできないことがあると再認識させてもらいました。子どもの安全を確認するために何ができるかアドバイスしていただき、実際に行動したことで少し気持ちが落ち着きましたね。

とはいえ何かが起こってからでは遅いので、地域の保健師さんと一緒に試行錯誤しながら訪問を繰り返し、どうにか接触に成功しました。やはりその母親はネグレクト(育児放棄)で、健全な育児環境ではありませんでした。赤ちゃんの発育も心配な状況です。保健師さんが間に入り検診で赤ちゃんの発育状況を確認し、支援も入って家庭環境が見えるようになった頃には、ようやく不穏な夢を見なくなりました。

私たちは児童の権利、命を守るために児相に配属されています。命に関わる仕事のため、新人の頃は、とにかくあらゆることが心配で仕方ありませんでした。先輩や一緒に働く人たちの話を聞くなかで、「不安がっているばかりではなく、不安のなかでも具体的な行動はできないか」を考えるようになりました。たとえばご家庭を訪問することや電話を1本掛けることなど、何ができるかを冷静に思い描けるようになったため、落ち着いて対応できるようになりましたね。

母子家庭の母親が入院、ようやく登校するようになった子どもが心配……

児童相談所の仕事は、虐待や非行などがほとんどと思われがちですが、これからお話しするケースは、虐待でも非行でもない事例です。

ある日、母子家庭で小学生のお子さんがいるご家庭のお母さんから相談が入りました。不登校となっていたお子さんがようやく学校に通えるようになった矢先、お母さんが病気で入院することになってしまったのです。母子家庭なのでお母さんが入院してしまうと、子どもが一人になってしまい心配という相談内容でした。

児相には、何らかの理由によりご家庭で暮らせない子どもの生活の場を用意することもあるのですが、学校に行ける環境を維持しながらお預かりすることは難しい状況でした。近くに里親さんがいればと思い、探してみましたが見つかりません。

いろいろ検討したところ、学校から少し距離はありますが、限られた期間であれば車で送ってくださる里親さんが見つかり、その方にお願いすることになりました。お母さんは、せっかく学校に行けるようになったのに、登校が継続できなくなるようなら、治療を先延ばししようかとも考えていらっしゃったようです。車で送ってくださる方が見つかったため、何とか登校を継続でき、お母さんも治療に専念できたので本当に良かったと思いました。

虐待発覚、家族が変わったことで見つかった絆

児相で働いていると、さまざまなケースの虐待に遭遇します。なかでも印象に残っているご家庭の事例を紹介します。

父母と6歳の男の子と3歳の男の子がいる、4人家族でした。お父さんは朝から晩まで忙しく働き、お母さんは専業主婦というご家庭です。ちょうどその日は、下の子が風邪で休んでいたため、上の子だけが保育園に通園していました。

上の子は「お母さんから蹴られた」と言い、口が切れ、歯がグラついている状況でした。保育園の先生が心配して児相に連絡をくださったのです。歯のグラつきもあるため保育園で状況を伺い、生活の状況などを調べたのち、児相で子どもをお預かりしたうえで、親御さんと話をすることになりました。

お母さんは最初から泣いていて「一人で養育しているため、つらいんです」と話されました。お父さんは仕事で忙しく、ほぼ家にいない状況。それでも1人目の子育ては大丈夫だったそうです。2人目が生まれると、状況が一変。下の子に手がかかることで、自然と両親の意識が下の子に寄ってしまうと思ったのでしょう。上の子が「自分も見てよ」といたずらをするなど、言うことを聞かない行動に出てしまい、大変だったそうです。結果、お母さんも寝不足になり、養育負担を一人で背負ってしまい、お父さんにも言えずにため込んでしまいました。ちなみに、上の子を病院で診てもらったところ、歯がグラついているのは蹴った衝撃ではなく歯の生え替わりによるものでした。そこまで強くは蹴っていなかったのですが、日常的に言うことを聞かないと叩いてしまうことはあったそうです。

「お母さん、大変でしたね」と話を聞き、まず親御さんそれぞれの状況について確認しながら面接をさせていただきました。お父さんも「苦しい状況をわかってあげられなかったし、上の子を安定して育ててくれたので、下の子も大丈夫だろうと高をくくっていた」と話をされていました。お母さんに集中していた養育負担を減らすため、お父さんが仕事を工夫して早く帰れる日は早めに帰宅したり、親族の協力を得られるようにしたりと調整してくれました。またお子さんを短期間預かるサービス「ショートステイ」を利用して、6歳の子どもを預け、少しでも養育を休んでもらうようにしました。翌年には小学校入学を控えていたので、親御さんにも了解を得たうえでフォローしてもらえる体制を整える旨を小学校と情報共有していきました。さらにお子さんについても、児童心理司が、得意・不得意なところなどお子さんの特徴について把握。「お子さんはこういうことが苦手だから、伝える際にはこうしたほうがいいですよ」という話もしましたね。

このご家庭の変化で一番大きかった点は、お母さんとお父さんで話し合いをして家事や育児の役割分担を見直し、近所に住んでいる親族の協力を得るなどご自身たちで工夫をしていったことです。私たち児相がやったというより、親御さんの対応が良かったのだと接していて思いました。その後は1年間、月1回ほど来ていただき、お子さんは児童心理司、親御さんは児童福祉司と話をしながら様子を観察していたのですが、だいぶ安定していて通告などもありませんでした。

虐待をした親御さんを見ていて思うのは、親として子どもとの関わりに悩んでいる、苦しんでいるケースが多いことです。私たちは警察や司法の立場ではないので、虐待を通して親御さんと話をする際に、「保護者自身の人格」や「親として子どもを大切にする気持ち」を否定する言い方は、絶対にしたくないと思っています。親御さん自身を責めるよりも「その行為が子どもにとって良くないからやめましょう。じゃあ、その気持ちを伝えるためにどうしていきましょうか」と語るようにしています。子どもの権利を擁護する立場から、親御さんに対して必要なことを伝えるのですが、その根底には「子どもを守るために、一緒に考えましょう」という気持ちがあります。

ヤンチャだった中2男子が、関わることで変わっていき進学も叶えた

私が対応をさせていただいたケースのなかで、とても印象に残っているエピソードがあります。母子家庭で中学2年生の男子がいました。お母さんは忙しく子どもとの時間が取れないうえ、会えば口論になってしまうためか、親子関係が不仲になっていました。お子さんは家が居場所ではなくなってしまい、ヤンチャをして、学校でも荒れていて警察から非行の通告がありました。

お子さんに「定期的に児相に来てください」と伝えたところ、来てはくれるのですが、最初はふてぶてしい態度で、面接もほぼ成立しません。それでも2、3回目くらいから、少しずつ家で困っていることなどを、ぽつぽつと話してくれるようになったのです。私も彼が起こした非行についての話ではなく、彼自身の進路の話を話題にしながら、時折お母さんの苦労なども織り交ぜつつ話すようにしました。するとお子さんが興味を持ってくれて、いろいろ話をしてくれるようになってきたのです。学校とも連携して対応したのですが、少しずつ学校や家での生活も落ち着いていき、お母さんとの関係も良くなり高校に進学してくれたのは、うれしかったですね。

彼が中学2〜3年生の1年間、関わったケースでした。13年、この仕事をやっていますが、いまだに思い出します。こちらの事案は、本人の気持ちの強さや、お母さんのサポート、そして児相内のチームの協力や地域との連携によって信頼関係を築くことができ、とてもやりがいを感じました。子どもとその家庭の笑顔をずっと守っていきたいと思う気持ちが、私たちを動かしています。

先輩から学んだこと

私も人間なので、苦手に感じる親御さんもいます。たとえば、こちらが気後れしてしまう高圧的な親御さんの場合、仕事を始めた頃は、どう接していいか迷うこともありました。プライベートで相性が合わない人との会話は避けようと思えば避けられますが、仕事ではそうはいきません。

たとえ苦手なタイプのかたでもうまく対応している先輩は、絶えず子ども中心に考え、親御さんと接していました。私もそのように心掛けたところ、徐々に「ちょっと接しただけの私でもつらいのだから、毎日家庭でこの圧迫を受けている子どもの状況を考えると、仕事で言われるぐらいなんともない」と思うようになり、辛さも感じにくくなりました。

児相に勤務して1年目の時の上司は、私の師匠のような存在で、とても多くを学ばせてもらいました。児相の職員として「ブレない」大切さを教えてもらったのも、その上司からです。

子どもを保護している際の、親御さんとの面接の時でした。親御さんは「子どもを返して」とさまざまな手段で訴えてきます。面接に同席していた私は、「このような親御さんにはどのように対応をしたらいいのだろう」と不安になりました。しかしそのような状況でも上司はブレずに淡々と、児相として伝えるべきことに徹していました。「いくら返してくださいと訴えられても、子どもの安全が確認できない状況では無理です」という一貫した対応、親御さんへの向き合う姿勢や背中を見た私は、心から「すごいな」と思いました。

たとえば、子どもに勉強をさせて、いい学校に進学させたいと思うことは悪いことではありません。しかしテストで悪い点数だとご飯を食べさせない、体罰をする、などは良くありませんよね。いくら親御さんが子どもに愛情を注ぎ、教育をしていたとしても、もっといえば愛情があるかないかは関係なく、子どもにとって有害かどうかが重要なのです。児相はその点を見て、対応を判断しています。親御さんが愛情を注いでいるのが伝わったから「では、いいですよ」と子どもを返してしまうと、子どもの命が危ないのです。だからこそ「子どもにとって何が大切か」わかったうえで、上司がしていたような「ブレない」対応が大切になってくるのです。

児相の職員として配属され「自分が一人の人間として感じている不安な気持ち」を「児童相談所の職員として、そして専門職として何をするべきか」という考えに変換させ、具体的な行動に移す大切さを痛感しました。考えの転換をするためには、自分の性格や特徴、得意、不得意な点などを感じる必要があります。川崎市の職員として、児相の職員として何をすべきなのか。子どもの権利を守るための職務を遂行するために、一個人の気持ちを超え、やり切る。これもブレない先輩がいたからこそ気づけたことです。先輩の姿を見て多くを学ばせてもらい、今に活かされています。

児童相談所の仕事のやりがいを伝えていきたい

児童相談所は子どもに関するさまざまな相談が寄せられる場所ですが、そのなかで感じたのは「この仕事は難しい」「答えもない」でした。だからこそ、保護者やお子さんにひたすら向き合い、一緒に考えていく。どんな状況になってもあきらめない。いつも、どんなときもその場面で自分ができることはやり切る。子どもの人生に関わる仕事であるからこそ大切にしている考え方です。いかに子どもや親御さんと向き合えるかが、児相の職員の業務に従事しながら「楽しい」や「つらい」を超えた「やりがい」を感じられる瞬間でもあります。

今後は、自分が先輩に育てられたように、新しく入ってきた方に伝えていければと思っています。悩むこともありますが、子どもの権利を守るために児相の職員として親御さんにどう働きかけるか、在宅での環境をどうつくっていくか。そういうことを考えていくのは、とてもやりがいがあります。

ドラマのような劇的な変化がおこったり、数字として結果が見えたりする仕事ではないかもしれません。しかし継続的に関わるなかで、親御さんが子どものためにしている努力や工夫が、良い変化につながることがあります。たとえば「家族の会話が増えた」「子どもが今日、何があったのか話してくれた」そんな変化を感じられる幸せがあるのです。そして何より、私たちの仕事は子どものために必要な仕事です。だからこそ味わえる充実感があります。成果がすぐに目に見えるわけではありませんが、専門職としてのやりがいがあります。本当に一人でも多くの人に児童相談所の仕事を経験してもらい、このやりがいを感じて触れてみて欲しいです。とてもいい仕事だと思いますよ。

※個人情報保護の観点から、事例については、個別ケースが特定されないように加工しています。

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