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名所旧跡 -中原区-

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2016年12月14日

あ行

油屋の庚申塔

  • 所在地
     中原区小杉御殿町2丁目

「カギ」の道を府中街道に向かって西に進むと、横道に入る角に「東江戸道 西大山道 南大師道」と刻字された「庚申様」が祀られている。古くから「油屋」の屋号を持つ小林家の角にあったことからこのように呼ばれた。

アミガサ事件と有吉堤

  • 所在地
     中原区中丸子児童公園内他
  • 交通
     JR南武線川崎駅または武蔵小杉駅

1916年に完成。築堤の契機は、1914年に度重なる水害に苦しんでいた橘樹郡御幸、住吉、日吉などの村民数百人が全員アミガサを被り、陳情のため早朝に大挙して神奈川県庁へと押し掛けた「アミガサ事件」による。

安藤家長屋門

  • 所在地
     中原区小杉陣屋町1-13-3
     JR南武線武蔵小杉駅からバス「陣屋町」

江戸時代にこの辺の割元名主(名主の代表格)を務めていた安藤家の長屋門。

か行

「カギ」の道

  • 所在地
     中原区小杉陣屋町~小杉御殿町

街道は西明寺の参道前で左に直角に曲がり、その先で右に直角に曲がる形状となっており、将軍をはじめとする幕府要人が小杉御殿に宿泊するために敵の侵入を防ぎ攻めにくくする工夫が施された道路。

神庭遺跡

  • 所在地
     中原区井田3丁目
  • 交通
     JR南武線武蔵新城駅からバス「井田営業所前」または「長寿荘入口」

東急東横線日吉駅から北西約1.5kmの矢上川を見下ろす台地上に神庭(かにわ)遺跡がある。縄文時代中期が41軒以上、弥生時代後期が93軒以上、古墳時代のもの44軒以上という住居跡が発掘された。

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旧中原村役場跡

  • 所在地
     中原区上小田中7丁目6付近

「旧中原村役場跡」は小杉十字路の先、二ヶ領用水の神地橋を渡った左手にあり、1889年に橘樹郡の6ヶ村(上丸子・小杉・宮内・上小田中・下小田中・新城)が合併し中原村が誕生した。

御主殿稲荷・御蔵稲荷

  • 所在地
     中原区小杉御殿町1-878付近(御主殿稲荷)    1-713付近(御蔵稲荷)
  • 交通
     JR南武線武蔵小杉駅からバス「西明寺前」

東海道の発展にともなって中原街道の存在意義は低下し、小杉御殿の建物は1655年から1660年にかけ移築され、御主殿跡と蔵屋敷跡に建立された稲荷社。

小杉御殿跡

  • 所在地
     中原区小杉御殿町1丁目~小杉陣屋町2丁目

徳川秀忠が、平塚中原御殿への中宿として1608年に中原街道北側に建てた御殿。約4万平方メートルもの広大な敷地に御主殿、表御門、御殿番屋敷、御蔵などが建てられ、民情視察を兼ねた「鷹狩り」や、江戸に向かう諸大名などの休憩所として利用された。

小杉陣屋

  • 所在地
     中原区小杉陣屋町

1597年に小泉次大夫による稲毛・川崎と世田谷・六郷の合わせて四ケ領に及ぶ用水路掘削工事が開始された際、小杉と狛江にそれぞれ「陣屋」を設け、小杉の陣屋は「小泉陣屋」後に「小杉陣屋」と呼ばれるようになった。

小杉十字路

  • 所在地
     中原区小杉御殿町1丁目~2丁目

大名行列や旅商人が行き交った中原街道も明治30年以降、府中街道と交差する場所となった「小杉十字路」付近は、料理屋、旅館、劇場、人力車屋、床屋、医院、郵便局などが集まり活気を呈した。

た行

銚子塚

  • 所在地
     中原区田尻町2064

赤穂四十七士の一人、富森助右衛門から別離の宴で銚子を贈られた宮大工・喜右衛門は、吉良邸討ち入りの後、形見となった銚子を白木の箱に収めて祀った。

附木屋の供養塔

  • 所在地
     中原区小杉御殿町1丁目

西明寺の前からカギの道を曲った場所の「附木屋(つけぎや)」という店の横にある左側面には「武州橘樹郡稲毛領小杉駅」土台には「東江戸、西中原」と刻まれた供養塔。

な行

中原街道(中原往還)

  • 所在地
     中原区丸子通1丁目~高津区野川
  • 交通
     JR南武線武蔵中原駅または東急東横線新丸子駅

江戸虎の門を起点として三田、馬込を通り、丸子の渡船場で多摩川を渡り、小杉、千年を経て瀬谷を通り平塚の中原で東海道につながっていた旧街道。

は行

平間浄水場(日本初の工業用水)

  • 所在地
     中原区上平間1668

現在の川崎市水道局平間配水所は、1939年かつて平間浄水場として臨海工業地帯への日本で最初となる工業用水の供給を担った施設である。

平間の渡し

  • 所在地
     中原区上平間

上平間村と下丸子村を結んだ渡し場で昭和初期頃まで存続した。ガス橋の欄干の橋史に記載あり。

ま行

丸子の渡し

  • 所在地
     中原区上丸子八幡町

江戸期の中原街道の渡し場で、現在の丸子橋の下流に位置していた。

宮内の渡し(等々力の渡し)

等々力は江戸期から明治・大正と利用され、宮内は1916年に開設された比較的新しい渡し場である。二つは同じ場所にあったものであり、江戸期から続いていた等々力が中断し、大正時代に宮内の渡しとして復活したと考えられている。

妙泉寺跡

  • 所在地
     中原区小杉陣屋町2-16-21(市立西丸子小学校前)
  • 交通
     JR南武線武蔵小杉駅からバス「西明寺前」

小泉次大夫は名僧日純を住職として招き、陣屋の裏の多摩川べりの廃寺同様であった寺を「妙泉寺」として創建し、用水路開削工事の成功を祈念した。用水路の完成後、日純上人は川崎宿の砂子に妙泉寺の本堂を移し、新たに妙遠寺を創建。現在の妙泉寺跡には今でも小堂が残されている。

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