加瀬山

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2007年5月3日

加瀬山

加瀬山の南側からの風景(南加瀬一丁目)

 長さ約750m、幅約150m、標高約35mをもつこの丘は、いつからか「加瀬山」 という名称で地元の住民から愛されてきました。かつては東京湾まで一望できたというこの丘は現在、大部分を夢見ヶ崎公園・動物公園が占めており、ほかにい くつかの寺社があります。「加瀬」の由来ははっきりしていません。鎌倉期以降、山城国(今の京都府南部)の加瀬氏が移り住んだ時に、もともと「大倉村」と いう名前だった地域を「加瀬」と名付けたという説や、平安時代に、皇室領である「賀勢庄」が開発され、鎌倉時代にはそこで「加世氏」が活躍したことに由来 しているという説もあります。

古代産物の発見

加瀬山ではいくつかの歴史的発見がありました。

1:南加瀬貝塚

 紀元前、鶴見川・矢上川あたりまでは海だったと言われています。そのため加瀬山周辺も海水で覆われ、海に浮かぶ小島のようになっていました。しかし加瀬山は、木が生い茂り勾配もなだらかな土地だったために人が暮していたと考えられています。貝塚は加瀬山の南東(旧・日吉出張所近辺)を中心として見つか り、発掘された貝は9割がはまぐりでした。縄文時代・弥生時代二つの時代の特色をもった貴重な貝塚でしたが、明治39年の調査以降は研究に力をいれられることもありませんでした。

南加瀬貝塚跡地

日吉合同庁舎駐車場前

2:秋草文壷

 昭和17年に加瀬山裾の民家から発見された「秋草文壷」は国宝に指定されるほど貴重なものでした。高さ40cmほどのこの壺は骨を納めるためのもので、約12世紀ごろに作られたものだと考えられています。表面には、すすき・柳・とんぼといった秋の風物詩が描かれ、地元の有力者が所有していたのではないか と推測されています。川崎市唯一のこの国宝は現在、東京国立博物館に保管されています。

3:古墳群

 加瀬山では大小さまざまな古墳が見つかっています。なかでも、白山古墳(現・白山幼稚園の南西)は4世紀に作られたと推測される前方後円墳で、全長87mのこの古墳からはガラス玉や鉄刀などさまざまな出土品が発掘されました。とりわけ「三角縁神獣鏡」は、京都府や山口県・福岡県でも出土しているもので、豪族が大和朝廷に貢物をした際のお返しとして朝廷から賜ったものであり、この地の豪族が朝廷と強い繋がりを持っていたことを示しています。また、白山 古墳の西に隣接していた第六天古墳からは、何種類かの副葬品と共に11体の男性が埋葬されていた石棺がみつかりました。

3号古墳

3号古墳

太田道灌碑がある9号古墳

太田道灌碑がある9号古墳

浅間神社と6号古墳

浅間神社と6号古墳

寺社

了源寺

赤穂浪士に憩いの場を提供したと言われる軽部五兵衛の墓所があるこの寺は、10月24日に、「万燈供養日蓮上人入滅会(まんどうくようにちれんしょうにんにゅうめつえ)」が盛大に執り行われます。

寿福寺

16世紀末から加瀬山の北麓にあるこのお寺には、明治の初期、新堀平次郎という村人が力持ち自慢をしたといわれる、重さ90Kg以上にもなる大亀石があります。

寿福寺の大亀石

寿福寺の大亀石

熊野神社

武蔵野風土記によれば、1587年に北条氏直によって建立。毎年2月に行われる節分祭には、大勢の人々がその年の年男・年女のまく豆や菓子をもらいにきます。

節分祭

熊野神社での節分祭

浅間神社

6号古墳の上に鎮座するこの神社は、1804年に建立。本社は静岡県の富士山本宮浅間大社です。起源は、富士山の噴火を鎮めるために建立されたもので、その後、富士山を山霊として崇めるために全国に広まったようです。

天照皇太神

太田道灌・北条氏政ゆかりの社として、毎年4月の第1日曜に「道灌・氏政まつり」が行われます。この社は、北条氏政の祈願所となったことから八棟造りの社殿がつくられ、また、太田道灌が、東北の空に縁起のよい丹頂鶴が舞ったという夢をみて、江戸城を築城したという言い伝えが残っています

切り崩される山

 加瀬山はこの近辺ではまれに見る「丘」であったために、豊富な土砂が低地の埋め立てをするために使われることが多く、現在の形はかつての約2/3程度の大きさとなっています。

abcdは下の文に対応しています)

平成16年加瀬山周辺

a)明治43年に起きた多摩川の洪水によって、川崎駅西口に面していた東京電気(旧東芝堀川町工場)の敷地が浸水してしまいました。東京電気は加瀬山の南東部分を買収して、浸水した土地を埋め立てるために土砂を切り崩して約4kmの道のりをトロッコで搬送しました。その跡地は整備されたあとに旧国鉄(現JR)が買い取り、南加瀬国鉄官舎やグラウンドになりました。グラウンド跡地には現在、日吉分館を含む日吉合同庁舎や特養ホームが建っています。

b)この部分は、昭和2年に建てられた北加瀬国鉄官舎のために削られました。この官舎は、昭和4年完成予定だった新鶴見操車場の従業員のための住居として建てられました。

c)現在の白山幼稚園を中心としたこの地域は上で述べた白山古墳が発見された場所です。ここの土砂は三菱重工業といった工場の埋め立てや、小倉・木月に建設される住宅地用に使用されました。

d)矢上川に続くこの丘も北方の低地埋め立てのために利用されました。

 

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