スマートフォン表示用の情報をスキップ

Language

サイト内検索の範囲

岡上廃寺跡

ツイッターへのリンクは別ウィンドウで開きます

twitterでツイートする

2018年7月20日

岡上廃寺跡推定地

岡上廃寺跡推定地

地図

解説

 川崎市の唯一の飛び地である岡上(おかがみ)地区には、名刹・東光院が位置し、その南側に阿部原(あべっぱら)と呼ばれている標高54mほどの台地があります。現在は畑地として耕作されていますが、そこからは縄文土器、弥生土器、土師器(はじき)、須恵器(すえき)とともに古瓦が採集されていました。ここに古代寺院があろうと推測するのは、こうした遺物が考古学界に広く紹介されているからです。
 古代寺院に関連する遺物としては、寺院建物の屋根に葺いたと思われる鐙(あぶみ)瓦・宇(のき)瓦・鬼瓦・「荏」「国」と書かれた文字瓦、あるいは墨で文字を書くときの必需品である円面硯(えんめんけん)等が複数の考古学者にって採集されています。「岡」と墨書された土器も含まれています。
 まだ本格的な発掘調査は実施されていませんが、いまのところ礎石(そせき)は発見されていませんので、寺院建築としては掘立柱(ほったてばしら)による小規模な仏堂という説と採集された瓦のなかに隅切(すみきり)のものが含まれていることから、菅寺尾台廃堂跡のような八角円堂が建てられていたという説とがあります。
 近年の発掘調査では、本格的な金堂(こんどう)や塔をもたず、掘立柱建物で構成された寺院関係遺跡が各地から確認されていますので、岡上廃寺跡の場合もそうした事例が参考になるかもしれません。
 なお、昭和57年(1982)、ここから400mほど離れた東京都町田市南三輪の遺跡群が調査され、その一つから瓦窯跡1基が発掘されました。その瓦窯の操業は、8世紀中葉前後と考えられています。時期的にみて、製品の多くは武蔵国分寺の創建瓦として供給されたのでしょうが、岡上廃寺跡や宮前区野川につくられた影向寺(ようごうじ)の瓦にも類似したものが焼かれていますので、これらの寺院にも一部供給されている可能性は十分に考えられます。

このページに対してご意見をお聞かせください

このページは役に立ちましたか?
このページは見つけやすかったですか?

いただいたご意見は、今後の当ホームページ運営の参考といたします。

お問い合わせ先

川崎市 教育委員会生涯学習部文化財課

〒210-0004 川崎市川崎区宮本町6番地

電話:044-200-3306

ファクス:044-200-3756

メールアドレス:88bunka@city.kawasaki.jp