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銅 錫杖頭

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2004年12月8日

銅 錫杖頭

銅 錫杖頭 1柄

年代

平安時代

法量

高 21.0cm
輪径 13.5cm

所有者

個人(麻生区)

指定

重要文化財
昭和35年6月9日指定

解説

 鋳銅製。輪は頂部がやや尖った宝珠形で、柄先に頭光を負う十一面観音立像を表わし、足元から左右に水平に近い蕨手を伸ばして、邪鬼を踏む脇侍二天像を配す。輪頂には相輪付きの六面形宝塔を置き、その左右下方にもやや小振りの宝塔をつくり、さらにその下方には節から枝を伸ばし、僧形・俗形の二立像を表わし、最下部には先端凝宝珠形の柱を立てている。表裏同形で、5個の遊鐶が遺る。袋穂(柄の基部)は蓮弁を二節にくくった形につくる。
 錫杖は比丘十八物(僧侶が仏道修行のために持つべき18種の道具)の1つで、有声杖・智杖・徳杖・金錫等ともいう。僧侶が遊行に際し携帯する道具で、蛇や害虫を避けるため、揺すって頭部の輪形の遊鐶で音を出す。また市井で食を乞う時に、門前で錫杖の音で来訪を告げることもあり、さらに老齢や病弱の僧侶は錫杖を杖として持つことが許されたという。
 錫杖には銅製や鉄製のものが多く、その長さは等身に近いもの(5~6尺)が通形であるが、後世には手錫杖といって短い柄を付けたものがあらわれた。これは杖としてではなく、法会の際に梵唄に合わせて振り鳴らすもので、梵音具としての用途に転化したものである。
 錫杖は、法隆寺の玉虫厨子(7世紀半ば頃)の宮殿背面霊鷲山浄土図中に描かれており、わが国へは仏教伝来後ほどなく伝えられたようである。
 また、天平19年(747)勘録の『法隆寺伽藍縁起へい流記資財帳』や『大安寺伽藍縁起へい流記資財帳』にも錫杖の記載がある。
 錫杖の遺品は、奈良時代の作例として正倉院や法隆寺に鉄製や銅製のものが伝来しており、平安時代の作例では、日光男体山山頂出土品に含まれる30数点のものが著名であるが、概して鎌倉時代以降の作例が多く、それ以前のものは少ない。本作と同じように仏像を鋳出した錫杖も類例が多いとはいえず、香川県善通寺蔵の阿弥陀三尊と四天王を表わすもの(中国・唐時代)、静岡県鉄舟寺蔵の三尊(一方の面が薬師如来・毘沙門天・聖観音像を、他方の面が釈迦如来・不動明王・地蔵菩薩像)を表わしたもの(康治元年〈1142〉銘)、栃木県輪王寺蔵の阿弥陀三尊を表わしたもの(正応元年〈1288〉銘)等数例が知られるに過ぎない。これらはいずれも輪形の内部に仏像を表しているが、本作では輪外にも僧形・俗形像を表している。これは表裏が同形(仏像の背面を表わさない)につくられていることとともに本作の特色といえる。宝珠形の輪形の形態からみて、その製作年代は平安時代後期を降らぬものとみられ、わが国製の仏像を表わした錫杖のなかでも最古様を示しているとみなされる。

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