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宮前区の歴史年表

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2017年3月7日

コンテンツ番号82458

この歴史年表は、宮前区役所と宮前区歴史文化調査委員会が協働で作成し発行している、「宮前歴史ガイド」より転載したものです。

宮前区の歴史年表

宮前区の歴史年表
世の中の出来事西暦(年) 年号宮前区の出来事出来事の説明
      
三内丸山遺跡。この頃地球の温暖化が進み海岸線が溝口付近にまで至る(子母口貝塚)BC.33000頃~
 BC.15000頃
先史・古墳時代旧石器時代鷲ヶ峰遺跡ナイフ型石器・スクレパー出土
 BC.6000頃縄文早期菅生水沢遺跡宮前区域最古の竪穴住居跡
 BC.6000~
 BC.2500頃
縄文早期~
中期
潮見台遺跡馬蹄形状集落住居跡
 BC.5000頃縄文前期鷺沼南遺跡獣面把手付きの土器と住居跡
 BC.2500頃縄文中期土橋第六天遺跡縄文中期から後期の住居跡など
 BC.100~
 300頃
弥生中後期影向寺周辺の遺跡弥生後期、古墳時代後期、奈良時代直前の住居跡など
吉野ヶ里遺跡300~800頃弥生後期~
古墳後期
東高根遺跡弥生後期から奈良前期の集落跡
武蔵国造の乱。笠原直使主と同族小杵が争う。国造使主が四屯倉献上。橘花屯倉成立534安閑元年  
 600頃末古墳時代末白井坂埴輪窯跡市内唯一の埴輪を焼いた窯跡
大化の改新645飛鳥時代孝徳元年  
百済人2000人を東国に住まわせる666天智5年  
壬申の乱672天武元年  
7世紀後半から律令制始まる700後半~
 800頃
 馬絹古墳朝鮮半島の影響を受けた切石積み石室を持つ円墳
 700頃末 影向寺の前身の寺創建影向寺寺伝に言う天平12年以前の軒丸瓦・文字瓦等が出土
僧道昭没す、初めての火葬700文武4年  
大宝律令の完成(国郡里制試行)701大宝元年 この頃、武蔵国橘樹郡なるか
平城遷都710奈良時代和銅3年  
 740天平12年西蔵寺創建(寺伝)僧行基開山
国分寺建立の詔741天平13年  
橘樹郡の物部真根が防人の歌を詠む(万葉集)755天平勝宝7年  
平安遷都794平安時代延暦13年  
富士山大噴火。この前後300年の間に何度も噴火を繰り返す802延暦21年  
 867貞観9年石川の牧武蔵国勅旨牧貢上馬の駒引きが行われる
 900頃平安時代前期有馬古墓群獣脚付骨蔵器他出土
 900頃平安時代前期野川古墓群鉄板の「墓誌」をともなう火葬骨蔵器出土
平将門の乱始まる。940年終わる935承平5年  
源頼義を陸奥に派遣。前九年の役1051永承6年  
 1061康平4年白幡八幡大神(社伝)源頼義創建
源頼朝、平氏打倒の挙兵。弟の全成を長尾威光寺院主とする1180治承4年  
源頼朝、征夷大将軍となる。枡形山城主稲毛三郎重成が活躍する1192鎌倉時代健久3年  
 1233天福元年菅生神社創建神社は、平の白幡八幡大神分霊を祭り若宮八幡と称した(風土記稿)
北条時頼、執権となる(1246年)1275建治元年本遠寺創建日蓮の弟子に日朗の持仏を受け庵を設ける(寺伝)。天正10年中興
 1300頃鎌倉時代西明寺創建現在の下有馬不動堂は、その寺域跡。北条時頼開基の寺で、後に小杉に移る(風土記稿)
鎌倉幕府滅亡1333元弘3年  
 1335南北朝時代建武2年太田渋子郷近江の佐々木氏(導誉の母)が太田渋子郷の領家職を相伝。後の神木・土橋地域
南北朝時代の始まり。足利尊氏、幕府を開く1336光明3年、
延元元年
  
 1337建武4年有馬の板碑福王寺境内の板碑は区内最大の完全品
 1375~1378永和年間東泉寺創建創建(風土記稿)。永禄年間に復興
 1398室町時代応永5年菅生郷犬蔵御嶽社菅生郷犬蔵の御嶽社の鰐口が造られる(風土記稿)
太田道灌、江戸城を築く1457長禄元年  
応仁の乱始まる1467応仁元年  
今川勢と北条早雲が枡形山に布陣1504永正元年  
 1505永正2年泉福寺泉福寺中興開山智賢没す。創建不詳
北条氏綱、上杉朝興の拠る江戸城を落とす。この頃川崎市域は後北条の勢力下となる1524大永4年  
 1531享禄4年野川郷・有馬郷武州野河郷(影向寺十二神将墨書銘)。有馬郷も稲毛庄の郷と思われる
北条氏康「小田原衆所領役帳」をつくる1559永禄2年 「菅生郷」の初出(永禄8年)
 1573安土桃山時代元亀4年等覚院等覚院中興開山栄伝没す(位牌)。創建不詳
 1573天正元年秋月院創建秋月院前身の大木庵創建。文禄年中に改称
小田原北条氏滅亡1590天正18年豊臣秀吉の禁制平土橋村・長尾村宛てに狼藉禁制が出る
 1591天正19年長善寺長善寺中興開山真誉没す(風土記稿)。創建不詳
 1602慶長7年福王寺福王寺開山僧没す(風土記稿)
徳川家康、江戸幕府を開く1603江戸時代慶長8年  
小泉次大夫、二か領用水工事を完成する1611慶長16年  
 1612慶長17年長安寺長安寺開祖長安没す(寺伝。墓碑銘)
 1671寛文11年野川西蔵寺の庚申塔区内最古の庚申塔。西蔵寺門前の石造地蔵菩薩立像
 1695元禄8年正福寺この頃創建か(阿弥陀如来銘)。開山開基不詳。江戸末期被災後現在地にうつる
富士山噴火1707宝永4年  
徳川吉宗八代将軍になる1716享保元年  
この頃幕府より新田開発が盛んに行われる1731享保16年大野原新田開発大野原新田(天真寺新田)の検地が行われる。現在の菅生ケ丘辺り。享保13年の碑
 1735享保20年天真寺祥翁庵麻生天真寺の隠居庵の僧祥翁没す。庵には松平不昧公が訪れていた
 1716~1736享保年中稗原の天王社勧請疫病流行時、麻布天真寺僧が勧請
 1764明和元年準西国稲毛三十三観音霊場平村の山田平七が設定。住居跡の薬王庵は三十二番札所
 1774安永3年犬蔵の月待供養塔天神社前の石造二十三夜塔建立。区内に3基現存のうちの1基
全国的な大飢饉1784天明4年  
「新編武蔵風土記稿」の橘樹郡・都筑郡の部分が完成1827文政10年  
明治維新。江戸遷都で東京と改める1868近代明治元年  
廃藩置県で神奈川県が置かれる1871明治4年  
学制の発布。太陽暦の採用。明治5年12月3日を6年1月1日とする1872明治5年 向丘小学校の創設
地租改正1873明治6年  
 1873~1877明治6~10年学校教育の始まり盛隆学舎(野川)、鳴鶴学校(馬絹・有馬・土橋)、成始・化育学校(長尾・平)、初山学舎(菅生)
大日本帝国憲法発布1889明治22年町村制の施行により宮前村・向丘村誕生梶ヶ谷村・野川村・馬絹村・有馬村・土橋村が合併し宮前村に、平村・菅生村・長尾村・上作延村が向丘村になる
日清戦争始まる1894明治27年  
日露戦争始まる1904明治37年  
神社合祀令により統廃合が行われ、神社名が改まる1907~1910明治40~43年神社の統合神社統合令により村落ごとに1社に合祀される。白幡八幡大神・菅生神社・土橋神社・馬絹神明神社・有馬神明社・野川神明社・長尾神社
 1913大正2年馬車大山街道の二子から荏田間を6人乗りの幌付き馬車が走る
 1922大正11年電灯・図書館向丘村に電灯がつく。市内最初の私立図書館が本遠寺にできる
関東大震災1923大正12年乗合自動車有馬の村道を乗合自動車が走る
川崎市誕生。人口4万8394人1924大正13年  
ラジオ放送開始(NHK)1925大正14年電灯宮前村に電灯がつく
金融恐慌起こる1927現代昭和2年  
盧溝橋事件、日中戦争開始1937昭和12年  
 1938昭和13年川崎市に編入宮前村・向丘村が廃止され川崎市に編入
 1940昭和15年軍用地に接収、軍用地道路の建設陸軍東部62部隊など軍用施設のため、接収が始まる。軍用道路は、45年尻手黒川線となる
太平洋戦争始まる1941昭和16年  
終戦。第一次農地改革の指令1945昭和20年  
第二次農地改革の指令。日本国憲法公布1946昭和21年  
新憲法施行。教育基本法公布。6・3制実施1947昭和22年小学校、中学校国民学校を改め川崎市立宮崎・向丘・野川小学校となる。宮崎・向丘中学校創設
 1949頃昭和24年頃神木の天満宮再建旧赤城神社跡地に天満宮再建
朝鮮戦争始まる。川崎市営バス営業開始1950昭和25年  
対日講和条約の締結1951昭和26年軍用地接収解除軍用地だった丘陵地に大字宮崎・向ヶ丘の地名がつく
 1952昭和27年市営バス溝口から蔵敷間開通
テレビ放送開始(NHK)1953昭和28年住宅地開発宅地化が始まり、36年から販売開始
 1954昭和29年国道246号線開通明治30年代に矢倉沢往還を改修して造られた県道1号線をさらに改修、国道となった
川崎市の人口50万人突破1957昭和32年  
 1959昭和34年東急バス小杉~有馬~荏田 開通
 1961昭和36年住宅地急増この頃から土地開発が盛んになり、南平・有馬団地などができる
東海道新幹線開通。東京オリンピック開催1964昭和39年  
 1964~1972昭和39~47年都市ガス宮前区内に都市ガスが普及する
 1965昭和40年第三京浜道路開通 
いざなぎ景気1966昭和41年東急田園都市線開通長津田まで開通。区内に宮崎台・宮前平・鷺沼駅ができる
 1967昭和42年上水道鷺沼配水所ができ、鷺沼プールが開設
 1967~1986昭和42~61年市立小学校の開校菅生小学校をはじめ15校が次々と開校する
 1969昭和44年東名高速道路全面開通 
大阪万国博覧会開催1970昭和45年  
 1971昭和46年東高根森林公園台地上の集落遺跡(県史跡)とシラカシ林(県天然記念物)の指定。48年県立公園となる
沖縄が日本復帰。日中国交正常化1972昭和47年区制施行政令指定都市となり高津区誕生
 1972頃昭和47年頃小台の八幡神社再建馬絹神社に合祀されていた小台の八幡社を旧跡地に遷宮
川崎市で100万人目の市民誕生1973昭和48年  
 1976昭和51年梶ヶ谷貨物ターミナル完成武蔵野南線建設計画が昭和42年に始められた
新東京国際空港(成田)開港1978昭和53年田園都市線、都心へ直通地下鉄半蔵門線開通により、都心へ直通、利便性が増す
 1979昭和54年川崎考古学研究所有馬の持田春吉氏により地元の発掘資料を収集した研究所ができる(現在は閉所)
 1982昭和57年宮前区の誕生高津区から分区し宮前区となる 7/1現在14万8056人
バブル経済の崩壊1991平成3年  
阪神淡路大震災1995平成7年  
 2005~8平成17~20年犬蔵の谷戸の開発 
 2006平成18年宮前スポーツセンター、カッパーク鷺沼
 2009平成21年アリーノ(有馬野川生涯学習支援施設)
東日本大震災2011平成23年  
 2015平成27年橘樹官衙遺跡群国史跡指定4/1現在22万4785人

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