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宿河原縄文時代低地遺跡出土品

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2018年7月20日

宿河原縄文時代低地遺跡出土品

宿河原縄文時代低地遺跡出土品

年代

縄文時代草創期~早期・前期・後期前半

法量

一括

所有者

中原区等々力1-2(市民ミュージアム)

指定

市重要歴史記念物 平成21年4月28日

内訳

西地区

土器類

  • 撚糸文系土器群(井草式~大丸式、稲荷台式)14点
  • 無文系土器群(東山式・平坂式)8点
  • 条痕文系土器群(野島式)1点

石器類

  • スクレイパー1点
  • 分割礫2点
  • 剥片1点
  • 石皿3点
  • 打製石斧様石器2点
  • 磨石4点
  • 礫器9点
  • スタンプ形石器15点
  • 敲石3点

東地区

土器類

  • 黒浜式4点
  • 堀之内2式10点
  • 諸磯a式1点
  • 加曾利B1式19点
  • 堀之内1式67点
  • 底部10点

石器類

  • 剥片1点
  • 石錘17点
  • 打製石斧1点
  • 礫器2点
  • 磨石2点
  • 凹石2点
  • 敲石2点
  • 石皿2点

木製品

  • 赤漆塗木製椀2点
  • 編籠(破片)10点
  • 赤漆結歯式竪櫛1点
  • 加工痕のある木材片1点
  • 編籠(個体)10点
  • 木製櫂か板材先端部1点

自然遺物

  • トチの実
  • クルミ
  • ドングリ
  • その他種実遺体 多数

解説

 宿河原縄文時代低地遺跡は、JR登戸駅から北東約1kmの川崎市多摩区宿河原地先で、多摩川左岸の河川敷内に位置しており、本流によって浸食されつつある多摩川左岸から張り出した標高12mを測る低位段丘上の縁辺部に立地している。
 本遺跡は、国土交通省(当時、建設省)による二ヶ領宿河原堰の改築工事に伴い多摩川本流の流路が変わったことによる河川敷内低位段丘縁辺部の浸食によって発見され、「宿河原―2」遺跡(川崎市遺跡番号)、「多摩区No.61」遺跡(神奈川県遺跡番号)として新たに周知化された。緊急を要するため、多摩区No.61遺跡として縄文時代遺物包含層が現存している範囲の約500平方メートルを中心に、多摩区No.61遺跡発掘調査団(団長:戸田哲也)によって発掘調査が実施された。試掘調査は平成9年4月14日~5月9日に実施され、上流部と下流部の2ヶ所に遺物集中範囲の分かれることが判明した。本格調査は調査区を西地区(上流部)と東地区(下流部)に分け、平成9年5月12日~6月14日に実施され、縄文時代草創期~早期・前期・後期前半に及ぶ土器類・石器類・木製品とともにトチの実やクルミなどの多量の種子類などが発見された。なお、遺跡名については、先述のとおり、遺跡の新発見と緊急調査の経緯から神奈川県遺跡番号を付して「多摩区No.61遺跡」とし、発掘調査報告書では「多摩区No.61遺跡(宿河原縄文時代低地遺跡)」としたが、指定名称としては遺跡の内容をより明確に表現している「宿河原縄文時代低地遺跡」を用いることにする。

 西地区は、多摩川の本流水際に向かって南に傾斜する緩斜面上に立地している。西地区からは縄文時代草創期~早期の遺物が出土しており、埋没谷状の窪地をはさんだ南北約12m×東西約20mの範囲に分布し、特に中心部の約8m×15mに集中している。本地区は冠水の痕跡が認められるが、縄文時代遺物出土層位は自然堆積の旧地形を残しており、多摩川に張り出した台地の縁辺部であったことがわかる。遺物の出土層位は、砂礫混じりの立川ローム3~4層(武蔵野台地立川ローム層標準土層)の上に自然堆積した黒ボク土層下部に属す黒褐色土と暗黒褐色土中である。遺物の集中区以外には、竪穴住居等の遺構は発見されていない。

 東地区は、西地区の分布域より下流に15mほど離れており、多摩川の本流水際に向かって南に傾斜する緩斜面から発見された。東地区の出土遺物は縄文時代後期前半が大半で、前期の遺物も僅かに出土している。遺物は、南北約8m×東西約20mの帯状に分布している。東地区の層位は、約20度の傾斜をもって堆積する薄い砂層とシルト層の互層となっており、冠水状態と露出が繰り返された水性堆積層である。遺物は主に土壌化したシルト層中から出土している。遺物の集中区以外には、竪穴住居等の遺構は発見されていない。
 西地区からは、土器類と石器類が出土している。土器類は縄文時代草創期後半の撚糸文系土器群から早期初頭の無文系土器群が中心に出土しており、早期後半の条痕文系土器群も少量ながら出土している。石器類は、スタンプ状石器を主体にして礫器・敲石・石皿・磨石・打製石斧様石器などが出土している。撚糸文系土器群の多くには摩滅痕が認められることから、河川による影響が考えられる。一方、無文系土器群には摩滅痕は全く認められず、スタンプ状石器・礫器・敲石・石皿・磨石・打製石斧様石器が約8m×15mに密集して出土していることから、河川による影響はなく、安定した遺存状況がみられる。スタンプ状石器・礫器・敲石・石皿・磨石などは植物性食料の加工に関係する器種と考えられ、特にスタンプ状石器は15点と出土量が多く、その大半が完形品であることからも作業場的状況を示している。このことから、西地区の出土遺物は、縄文時代草創期後半から早期初頭にかけて、内水面の水際環境で行なわれた植物性食料の加工の痕跡を示す遺跡として貴重であり、神奈川県内では最も古い事例であると同時に国内においても数少ない事例となる。

 東地区からは、縄文時代後期前半の完形に近い個体を含む土器類や石器類のほかに木製品と自然遺物が出土している。特に通常の遺跡では残ることの少ない漆器を含む木製品類と種子などの植物性遺物類が、低湿地状態の中で保存度良く、残されていたことが大きな特徴である。神奈川県内での木質遺物の出土例としては、横須賀市伝福寺遺跡の丸木舟(縄文時代中期―市指定重要有形文化財)、小田原市羽根尾貝塚の漆器を含む木製品、植物性遺物類(縄文時代前期―県指定重要文化財)があるが本遺跡例を加えて僅か3ヶ所であり、縄文時代後期の出土例としては県内初となるものである。出土木製品の中では特に小形赤漆椀(個体A)、赤漆塗結歯式竪櫛(個体C)、完成度の高い小形編籠(個体F)は、工芸的にも優れており、全国的に見て縄文時代後期前半の技術文化を知るうえで貴重な資料となるものである。またトチの実、クルミの大量出土とともに編籠が出土していることから、水さらし等、川岸で行った植物種子の加工を示す資料として重要である。さらに石器類では石錘が6点と最も多く、表面採集品も含めると17点に及び、他の器種を圧倒していることから、縄文時代後期前半の内水面における網漁撈活動の痕跡を示す資料として貴重である。

 以上のように、宿河原縄文時代低地遺跡出土品は、小型赤漆椀、赤漆塗結歯式竪櫛、編籠類などの工芸的に優れた国内でも出土例の極めて少ない貴重な資料を含み、縄文時代草創期から早期と後期の2時期にわたって、内水面の水際環境で行われた植物性食料の加工や網漁撈活動の痕跡を示す貴重な一括資料として、その学術的価値は高い。

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