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深瀬家長屋門

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  • 更新日:

深瀬家長屋門

建築年代

18世紀末~19世紀前半と推定

規模

桁行(けたゆき)15.550m(51.32尺)、 梁行(はりゆき)3.675m(12.13尺)

構造形式

木造平屋建て(中2階あり)、寄棟造(よせむねづくり)、桟瓦葺(さんがわらぶき)

所有者

個人

所在地

幸区南加瀬3丁目13番25号

指定

市重要歴史記念物 平成29年6月30日指定

解説

深瀬家は、江戸時代初期まで遡る旧家で現当主が15代にあたります。深瀬家の言い伝えでは、享保7年(1722年)に長屋門は建築されたとあります。深瀬家所蔵文書(川崎市市民ミュージアムに寄託)において、江戸時代中期~末期において7代(享保15年・1730年)~10代(弘化2年・1845年)の4世代にわたって南加瀬村名主を務めたことが確認できる有力な旧家です。

長屋門の特徴と建築当初の形式

1.深瀬家長屋門は、中央の2.5間を通路部として豪壮な扉構えを誇り、東西両脇に部屋を構え、西室はかつて通路側に門番部屋的な区画を有しておりました。

2.通路部は正面から4尺(約1.2メートル)後退した位置に門構えを設け、間口2間半の中央8.6尺間に太い親柱(おやはしら)を立て、親柱と両端柱に冠木(かぶき)を架け渡して、中央間は両内開き板扉を釣り込み、西脇間は内片開きの潜り戸、東脇間は竪板壁(たていたかべ)としています。通路部は化粧石張りで、天井は大根太天井(おおねだてんじょう)としています。

3.通路部・東西両室とも天井裏に中二階を構え、この空間は架構の工夫により使い勝手の良さを確保してあります。

4.本来の屋根は茅葺でしたが後に藁葺(わらぶき)となり、昭和62年に藁葺から現在の桟瓦葺屋根に改造しました。

 

長屋門の文化財的価値

 深瀬家長屋門は、昭和62年には、当時横浜三渓園にて重要文化財保存修理に従事していた文化財修理技師の持田武夫氏(現在は規矩術(きくじゅつ)における国選定保存技術者)の基本設計により屋根形式が藁葺から桟瓦葺に変更されるとともに、建物の不同沈下を是正し、破損の著しい土台・床組は取り替え、それ以外の木部は破損部を繕い、西室背面の後設下屋を撤去し中央出入口を復原的に整えるなど大掛かりな修理が行われましたが、この修理は深瀬家長屋門の文化財的価値を尊重した保存修理であり、当初部材と形式が良好に継承されております。

 深瀬家長屋門は、建築当初の部材と構造形式をよく留めていることや、中央扉部に当初の意匠を残していること、所有者が継承されていることや創建当初の建築形式がほぼ判明していることから、川崎市内に建築された近世名主住宅長屋門の実態を伝える建築として貴重な存在です。

 

お願い

 深瀬家長屋門は、個人の住宅に附属する建造物であり、内部の見学などには対応しておりません。外観をご覧になる際でも、住人や近隣の御宅のご迷惑にならぬよう、くれぐれもご注意ください。

深瀬家長屋門 平面図

深瀬家家長屋門 平面図