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民間伝承

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2016年4月13日

コンテンツ番号4898

川崎区

あ行

大祓い

人間が知らず知らずのうちに犯してしまう罪や汚れを半年に一度祓い清め、清らかで活力ある本来の姿にたちかえらせることを願って行われるもので、川崎区の稲毛神社では鳥居の前にカヤで編んだチノワを立て、胎内くぐりとしてチノワをくぐり、多摩川にチノワの一部とヒトガタ2~3枚を流し、後日、幣、麻、木綿などは神社でたきあげる。

中原区

ま行

虫追い

中原区小杉では三月の彼岸の頃、西明寺の僧に三町会でお経をあげていただき、カシの木に墨で梵字を書いてもらい、男竹のささのついているところにぶら下げてムラ境の神地橋と丸子と宮内の境にさした。

多摩区

ま行

三峰講

多摩区生田の土淵では、4月に代参者2名を秩父の三峰神社に送った。講員は三峰大神と書いた掛軸を掲げて、線香をあげ一礼して座につく。掛軸のまわってきた講員が19日に祠に明かりをつける。

ミマチ講

多摩区枡形5丁目には、1792年に水田の水源のために造立した石の弁天様が立つ。3月か4月の巳の日に講員7名のミマチ講が開かれる。ミマチとは、己巳(つちとのみ)の日に行う弁戝天の祭。

や行

山の神まつり

丘陵地の冬は山に入って薪を切ったり、炭を焼いたりしていたが、1月17日には山仕事は避け、それを山の神の日といい、多摩区菅では、御神酒とお散共を持って山に行き、適当なところに供え皆で御神酒をまわして飲んだ。

麻生区

か行

蚕影山和讃の日待(黒川)

養蚕が盛んになった江戸の末期ごろから始まったと伝えられ、初午の日の午後、麻生区の黒川の西光寺を宿として、昔から土地の農家の婦人だけが集まり、正面に蚕影山大神の御影を揚げ、灯明をつけ、御神酒や皿に盛った団子を供え、和讃を唱えたという。

は行

二十日正月

この日は羽子をついて遊ぶので、「ハゴイタクダキ」「ハゴイタタタキ」とも言われ、正月最後の休みの日で女正月ともいい、女の人は農仕事を休み、麻生区岡上では夜にお赤飯と餅つきの魚や大もりのソバを食べたという。

ま行

六日年越し

麻生地区では1月6日を6日年越として特別の日とし、夕方には大晦日のように蕎麦を打ち、神棚に供え、家中で蕎麦を食べたという。

や行

ヨウカゾウと一つ目小僧

麻生区細山では12月8日をコトハジメと呼び、正月の用事を始め、2月8日をコトオサメとして正月の用事が終わるとし、両日とも8日であることからヨウカゾウと呼んでいる。また、ヨウカゾウの日には一つ目小僧が家々を訪れるという伝承がある。

その他

あ行

大山講

川崎市全域に及ぶ民間信仰で伊勢原の大山(阿夫利神社)へ参拝する講であり、江戸時代から大山へ通じる道は大山道と呼ばれた。山頂には五穀豊穰、商売繁盛の神様である別名「雨降山」とも呼ばれる神様が鎮座する。

お召講

川崎市の西部と町田市、横浜市の一部で現存する民間信仰のひとつ。東京池上本門寺の日蓮座像に着せる着物を奉納する講。春と秋の年2回行われ、柿生駅南口入口には、寛政11年(1799年)と記されている「題目塔」がある。

か行

風祭り(210日のオミキ)

多摩区や麻生区では、立春の日から210日目の頃に台風の被害が甚大であったため風害がなくなるよう神社で風祭りが行なわれる。麻生区高石では、高石神社に集まって境内の会館で会食することを「210日のオミキ」と呼んでいる。

庚申講

「庚申信仰」は庚申様(青面金剛像)を拝むことで健康長寿を願い災難をまぬがれるということで庚申塔を建立。平安時代に中国から伝わり、江戸時代の享保年間に最も多く見られた。市内には庚申塔が320基ほどあるが、寛文元年銘の(1661年)小倉無量院のものが最古とされている。

さ行

すすはき

正月準備として12月20日頃の好天日をねらって「ススハキ」が行われる。囲炉裏やかまどを使用しなくなったために現在では大がかりなススハキはなくなった。スス竹や古いお札はひとまとめにしてセイノカミに出していた。

砂もり

迎え火や送り火をするため、砂や土で壇を作るしきたりが、麻生区早野、中原区今井・下小田中・新城、高津区末長、川崎区大島等でみられ、早野では「シロ」、今井では「富士山」と呼ばれる。

セイノカミ祭(どんど焼き)

平安時代から伝わるといわれる「どんと焼き」。一年の無病息災を願い、1月15日の小正月に行われる行事で、起源は平安時代の宮中行事に由来するといわれている。川崎市域では道祖神の呼び名である「塞神」(セイノカミ・セエノカミ)と呼ばれていることが多い。

な行

ナエミ(苗忌)

苗代にモミを蒔いてから49日目をナエミ、51日目をオウナエミといい、苗場に入ってはいけないとされた。ウの日も苗場に入るのを避けた。

念仏講

日蓮宗と浄土宗以外の宗派で見られ、江戸時代末期にはおおよそ80を越える組織があったといわれるが現在は少なくなっている。初七日の日、月ごとに定められているもの、春秋彼岸の日及び日を定めて行うものなどがある。

は行

半夏生(はんげしょう)

夏至から数えて11日目、田植えの終期とされ、またニンジンまきの適期とされている。

ヒョウ祭りとトラ祭り

ヒョウ祭りとは4月の榛名神社への代参の後、行われる祭りのこと。トラの日に行われるため、麻生区岡上では「トラ日侍」、多摩区土淵では「トラ祭り」と呼ばれる。雹が降ると春先の麦や新芽が打撃を受け、農家にとって大きな被害となるため、嵐を避けたいと願い榛名信仰に結びついている。

盆棚・盆道づくり

農村・都下ではお盆行事を8月に行う。お精霊様を迎えるために13日午前中に座敷に盆棚を作る。オタナと呼ぶところもある。盆棚にはナスをサイコロ状に刻んで、蓮や里芋の葉に乗せたものを置く。場所により供え物、供え方は違う。

ま行

マンガレイ(マンガアライ)

7月に行われる田植えに関する行事。中原区新城では人に吸いつくヒルンボウが休むので、この日は仕事を休む日「ヒルンボウノコシヤスミ」、麻生区細山では田植えが無事に終わると鍬を洗い御祝いをし、若い者にも暇を出して遊ばせ、「ヒルノコシノバシ」、麻生区柿生では15日頃に使用したマンガ(馬につける鍬)を洗い土間中央に据え、御馳走を供えて仕事を休み、麻生区岡上ではタウエアガリ正月といった。

ミカリバアサンとツジョウ団子

ミカリバアサン(一説では帳ヅケバアサン)は、一つ目小僧同様、家々を訪れる妖怪で、川崎市と横浜市港北区に伝承されている。12月8日・2月8日に現れるという言い伝えがあり、その時に供える団子(シイナを使ったツジョウ団子など)が火難よけ、悪病よけになるといわれる。

迎え火

「迎え火は早く、送り火は遅く」といわれ、13日の夕方は早く入浴を済ませ、薄暗くなると家中で迎え火を焚いた。以前は麦ワラで松明を作っていたが、現在はオガラ(麻の茎)を焚く。迎え方は家々で異なり、またその火にあたると病気にならない等の言い伝えも残されている。

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