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旧鈴木家住宅

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2010年8月13日

旧鈴木家住宅

旧鈴木家住宅 1棟

建築年代

江戸時代後期

規模

主屋 桁行10.6m 梁行7.9m
背面突出部 桁行10.4m 梁行7.2m

構造形式

寄棟造(背面妻入母屋造)、茅葺、一部二階

所有者

川崎市

所在地

多摩区枡形7-1-1(日本民家園)

指定

県指定重要文化財 昭和47年11月24日指定

解説

 鈴木家は屋号を「赤浦屋」といい、奥州街道に面する宿場町・八丁目宿本町(福島県松川町)の馬宿であった。当住宅の建立年代を示す資料はなく、また解体移築にあたってもその種の史料は発見できなかったが、様式や技法から判断して、19世紀初めごろの建築と考えられている。基本的には建立当初の姿に復原されているが、街道側の立面については、当住宅が宿場民家として最も整った姿を見せていた幕末期の間口3間の時の店構えと連子付板暖簾を持つ形式に復原されている。
 馬宿は馬を連れた客を専門に泊める旅籠で、ここでは馬の面倒の一切をみたから、土間内には大きなマヤ(内厩)が設けられた。鈴木家では建立当時は12頭の馬を収容したが、明治初年にはこれを14頭分まで拡張したという。
 寄棟造中2階、出桁造(せがい造)で、前面に板葺の庇屋根を持つ。庇には中央を連子にした洒落た意匠の板暖簾を下げ、町屋らしい構えを見せている。通りに面して右からニワ(土間)、ミセ、ジョーダン(上段)が並ぶ。ミセの前面には揚戸(シトミという)を構え、柱間をすべて開放できる造りとしている。揚戸は3枚1組で、2階の窓下と1階の平桁との間に戸袋を設けて収納される。
 建物の平面を見ると、間口よりも奥行きの方が深い。これは宿場町や都市に特有の、鰻の寝床のように細長い敷地の形状に合わせたものである。そのため屋根も通りに面した寄棟造平入の部分と、これと直交する棟を持って接続する部分のふたつで構成されており、全体が逆L字型の平面になっている。そして中2階が乗るのは通りに面する部分のみである。
 通りに面したミセとジョーダン、それに続くツギノマ(次の間)が接客と商いの場で、ナンド、チャノマ、カッテが家人用の場である。ジョーダンは最も上等な部屋で、8.5尺の大きな床の間と違棚がある。違棚の框には地紋彫を施し、また面皮の長押を用いるなど、なかなか粋な部屋である。
 中2階はミセと入口の土間の上部に乗っており、桁行4間、梁行2間で2室に仕切られていた。しかし床上から桁下まで5尺しかないので内法高は低く、また天井もないから、客室としては必ずしも条件のよい部屋ではなかった。
 当住宅の基本的な柱間寸法は5.7尺で、通常の6尺よりも狭い。こうした例は東北地方の各地に散在し、例えば福島県内では相馬郡・伊達郡・山形県では北村山郡、秋田県では由利郡・雄勝郡・平鹿郡などに分布している。こうした狭い柱間をコマ(小間)と呼びならわしているが、その成立事情については必ずしも明らかではない。また同じ8丁目宿内でもすべての民家が小間で統一されているわけではないから、今後の研究課題である。
 鈴木家の造りは同時期の関西地方の民家などと比較すると素朴であり、東北地方における宿場民家のひとつの典型を示しているとみることができよう。

旧鈴木家住宅平面図

旧鈴木家住宅平面図

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