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名所旧跡 -多摩区-

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2016年4月13日

あ行

石屋河岸

  • 所在地
     多摩区登戸2408
  • 交通
     JR南武線・小田急線登戸駅

登戸の渡しのすぐ下流、現在の小田急鉄橋下に「石屋河岸」と呼ばれた船着場が置かれ、真鶴の小松石や伊豆の川津石など各地からの石材を積んだ帆船が多摩川を上り、荷揚げされた。

永代融通念仏盟約塔

  • 所在地
     多摩区中野島2-5-1
  • 交通
     JR南武線中野島駅

通常の念仏供養塔とは異なり、無名の僧・全道(1795年没)のもとに集まる人々が唱和すべき念仏の数を「盟約」することで造立された石塔。

小沢城址

  • 所在地
     多摩区菅仙谷1-4
  • 交通
     京王相模原線京王よみうりランド駅

源頼朝の重臣として活躍した稲毛三郎重成の子、小沢小太郎の居城(鎌倉時代初頭)。鎌倉道が通る交通の要衝で、鎌倉時代から戦国時代にかけ多くの合戦の舞台となった。現在は緑地公園として、空堀や物見櫓、土塁などの遺構が残っている。

か行

上菅の渡し(矢野口の渡し)

  • 所在地
     多摩区

明治以降に下流に移動し上菅の渡しと呼ばれるようになった。1935年多摩川原橋の開通によって廃止され、下菅の渡しと合併し、「菅の渡し」となり、多摩川最後の渡し場として残っていたが、1973年に廃止となった。1929年に建てられた菅の船頭小屋が市の重要歴史記念物に指定。

北向地蔵と馬頭観音

  • 所在地
     多摩区登戸3415先
  • 交通
     JR南武線・小田急線登戸駅

登戸駅から小田急線ガードをくぐって津久井道に出る角に祠があり、中には「地蔵菩薩」と「馬頭観音」の2基の石仏が祀られている。地蔵菩薩は、北向きであり、特別なご利益がある「子育て地蔵」として地元の人達から大切にされている。

小泉橋(榎戸橋)

  • 所在地
     多摩区登戸1968番地先
  • 交通
     小田急線向ヶ丘遊園駅

二ヶ領用水の多摩区内には10を越える橋が架けられその一つで古くは「榎戸橋」と呼ばれ、津久井往還と交わる所にあった由緒ある橋である。

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蚕影山祠堂(こかげさんどう)

  • 所在地
     多摩区枡形7-1-1
  • 交通
     小田急線向ケ丘遊園駅

1863年に建築された養蚕の豊作を祈り、その神様を祠るお堂。市の重要歴史記念物に指定されている。

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さ行

下原遺跡

  • 所在地
     多摩区長尾7丁目

東名高速道路建設の事前調査の1965年・1966年に発掘され、縄文時代中期・後期・晩期・弥生時代後期、古墳時代前期と、各時代の遺構が見つかっている。中心は縄文時代晩期。

松寿弁財天(綱下げ松)

  • 所在地
     多摩区宿河原6丁目(緑ヶ丘霊園長尾口)
  • 交通
     JR南武線久地駅

緑ヶ丘霊園内の一角に弁才天が祀られている。霊験にまつわる伝承から老松は「綱下げ松」と呼ばれ、常照寺には、その伝承をもとにして描かれた紙本墨画着色松寿弁財天図がある。

菅渡船場跡の碑

  • 所在地
     多摩区菅稲田堤2丁目
  • 交通
     JR南武線稲田堤駅

1929年に建てられた「菅の船頭小屋」は市重要歴史記念物に指定され、日本民家園に復元保存されている。

菅の六地蔵

  • 所在地
     多摩区菅北浦2-1-1他
  • 交通
     JR南武線・京王相模原線稲田堤駅

府中街道の菅地区の東西入口に1体ずつ、4体がほぼ等間隔に街道の方を向いて立ち、道の両側に交互に置かれている。

堰の渡し

  • 所在地
     多摩区堰1丁目

1907年頃堰と喜多見の両村共同で始められた作場渡し。現在の東名高速道路の下あたりにあり、1940年頃まで利用されていた。

た行

長者穴横穴墓群

  • 所在地
     多摩区

飯室山の北麓に築かれた3つの小さな開析谷に合計32基の横穴墓群で、遺骸を安置する玄室と玄室に通じる墓道である羨道からできており、なかには羨道の前で墓前祭祀を行った前庭部が残っているものもあった。

寺尾台廃堂跡

  • 所在地
     多摩区寺尾台2-8-3
  • 交通
     小田急線読売ランド前駅からバス「馬場南」

寺尾台団地内にある寺尾台第2公園内に、建物の基礎部(基壇)である八角形をした石積の記念物が復元されている。

長尾台遺跡

  • 所在地
     多摩区長尾6-11(ふじやま遺跡公園内)
  • 交通
     小田急線向ヶ丘遊園駅からバス「長尾」

東西に主軸をもつ標高90mほどの舌状台地上のふじやま遺跡公園にあり、台地の北側は急峻な崖で、多摩川の広い沖積低地が一望できる立地である。縄文・弥生・古墳時代の竪穴住居跡が約30軒発見されている。

な行

中野島の渡し

  • 所在地
     多摩区

1895年に中野島村と対岸の下布田村・国領村・上給村の四ヶ村の共同経営により開設された渡し場。

二ヶ領宿河原堰・宿河原堀

  • 所在地
     多摩区宿河原1-5-1
  • 交通
     JR南武線・小田急線登戸駅

二ヶ領宿河原堰は、多摩川右岸側の最下流にある利水施設で、小泉次大夫が完成当初の二ヶ領用水の取水口は、中野島(上河原取水堰上流)の1箇所のみであったが、100年余りが経過後に新たに新設された取水口と導水路が、宿河原取水口と宿河原堀である。

二ヶ領上河原堰

  • 所在地
     多摩区布田

多摩川の水を取水している「二ヶ領上河原堰」は神奈川県下でもっとも古い人工の農業用水路であり、二ヶ領用水の完成とともに造られた取水堰。

根岸古墳群

  • 所在地
     多摩区枡形4丁目

小田急線向ケ丘遊園駅の西方約700m、多摩川の沖積低地に臨む細長い丘陵の上に位置し、標高は約56m、5基の古墳がある。7世紀後半から8世紀頃にかけて築かれた古墳時代終末期の古墳群であると考えられている。

「登戸の渡し」の碑

  • 所在地
     多摩区

登戸の渡しは「津久井道」に架かる重要な渡し場で、1953年に多摩水道橋の開通まで対岸に渡るために人も車も渡船が利用されていた。

は行

八幡下圦樋跡

  • 所在地
     多摩区宿河原3丁目

八幡下圦樋は昔、二ヶ領用水宿河原堀の水をせき止め、洪水の調整を行った施設で1910年に完成した。洪水によって下流の水害を防ぐために圦樋を造って多摩川に放流した。近年になって圦樋が原因で近隣に水害を起こしていたことから、1988年頃に取り除かれた。

東生田駅開設記念碑

  • 所在地
     多摩区生田7-1-1(小田急線「生田駅」下車)
  • 交通
     小田急線生田駅

小田急線生田駅に東生田駅開設記念碑が設置されている。生田村に一駅のみを開設することとしていたが、東西両地区の村民の誘致合戦となり、東生田駅(現生田駅)と西生田駅(現読売ランド駅)の二駅を開設することを決定。

枡形城跡

  • 所在地
     多摩区枡形6-4740他(生田緑地内)
  • 交通
     小田急線向ケ丘遊園駅

枡形山は「枡形城跡」とも呼ばれ、源頼朝が鎌倉幕府を開いた頃、稲毛三郎重成がここ枡形山を居城としたと伝えられ、生田緑地の中に公園として保存されている。

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