ししる(令和8年度)
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ししる(vol.14~)
令和8年度はvol.14~を掲載していく予定ですが、掲載までもう少々お待ちください。
(これまでのバックナンバーは、こちら(vol.1~vol.4)と、こちら(vol.5~vol.13)からご覧になれます。)
「ししる」というタイトルの由来はこちらからご覧になれます。
ししる(特別号)vol.3
ししる特別号は、総集・再編版として1年に2回程度、発行していきます。
本市ホームページにはデジタル版を掲載し、公共施設等には印刷版を配架しています。
ししる(特別号)vol.3
ししる(特別号)vol.3(PDF, 2.10MB)別ウィンドウで開くししる(特別号)vol.3はこちらです。
ししる(特別号)vol.2テキスト版(TXT, 8.04KB)ししる(特別号)vol.2テキスト版はこちらです。
ししる vol.14
「川崎歴史100年」の取材現場をリポート(第1弾)
令和9(2027)年3月に発行予定の『川崎歴史100年』は、主に9つのテーマで構成され、現在、取材を進めています。
今回はその中の「かわさきと共に歩んだ ひとびとの物語」の取材現場をリポートします。
高津区の郷土史研究家を取材

「かわさきと共に歩んだ ひとびとの物語」は、人物への取材を通して、背景にある川崎の歴史や文化を浮き彫りにする企画です。
令和8(2026)年3月18日、武蔵溝ノ口駅からほど近い「大山街道ふるさと館」で、高津区在住の郷土史研究家・鈴木穆(あつし)さん(91)を取材しました。

高津区で生まれ育った鈴木さんは、平成8(1996)年からタウンニュース高津区版で1,000回以上にわたり、地域の文化や歴史について「高津物語」を連載執筆してきました。そのうち第1回から第772回までは書籍『高津物語(上巻・中巻・下巻)』にまとめられています。
今回の取材では、昔の大山街道周辺の町並みの様子や、戦時中の学童期の記憶、高津への思いなどが語られました。
高津への思いを後世に残したい

鈴木さんは成人後、学校教員を経て川崎溝ノ口郵便局長を務めます。そして高津青年会議所の設立にかかわり、高津区民祭の前身となる「高津納涼祭」の発起人にもなりました。また、郷土資料を収蔵・展示する「大山街道ふるさと館」の開設にも尽力しました。
高津への思いについて聞かれると、鈴木さんは「この土地に育ててもらった恩返しです。高津が好きですし、この歴史ある土地に生きた人たちの思いを後世に残したい」と話します。
「戦争は二度と嫌です」

子どものころの思い出について聞かれると、鈴木さんは太平洋戦争のさなかの小学生当時の記憶を語られました。
昭和11(1936)年に生まれた鈴木さんは、学童期を戦争下の社会で過ごされました。
近所の高津小学校の校庭には「たこつぼ」と呼ばれていた壕(ごう)が掘られおり、兵士は壕の中から敵機に向けて機銃を撃っていたこと。
疎開先の河川敷でグラマン戦闘機から機銃を掃射され走って逃げたこと。
疎開先の裏山に爆弾が落ち、火の手が上がったことなど……。
その当時の光景が鮮明に目に浮かぶほど詳細に語られました。
最後に、鈴木さんは「戦争は二度と嫌です。今ではこの高津の街も大きく様変わりし、この街並みを見ながら、平和になって良かったと感じています。」と語られていました。

取材には、ご高齢の鈴木穆さんのサポート役として、息子で俳優の鈴木淳さんも同席いただきました。
淳さんは取材を終えて「父は家族には戦時中のことはあまり話しません。戦争を経験し、生まれ育った高津へ恩返ししようと活動してきた父の背中がより大きく感じられました」と話されました。
「かわさきと共に歩んだ ひとびとの物語」では、鈴木さんを含め全部で10名に取材します。
ご自身の言葉で語っていただくお話しの背景には、どのような川崎の歴史があるのでしょうか。
本の完成をぜひ楽しみにしてください。
ししる vol.15
「川崎歴史100年」の取材現場をリポート(第2弾)
前回に引き続き、今回も『川崎歴史100年』のなかの「かわさきと共に歩んだ ひとびとの物語」の取材現場をリポートします。
今回は、令和8(2026)年4月3日、一般財団法人川崎沖縄県人会の名誉会長である比嘉孝さん(78)を取材しました。
川崎沖縄県人会とは

沖縄県人会は、本土や海外に移住した沖縄県出身者が移住先で助け合うために各地で発足した団体です。川崎沖縄県人会は全国で最も歴史が古く、その設立は川崎市誕生と同じ1924(大正13)年。川崎市内の工場で働く沖縄県出身者たちは、助け合いの精神「ゆいまーる」を大切にこの地で暮らしてきました。
1994(平成6)年には、旧会館の老朽化のため、現在の場所に移転して新たに川崎沖縄県人会館が完成。琉球舞踊等の伝統芸能も披露できる大型のホールを備えた施設です。季節ごとの行事や、三線(さんしん)、民謡、舞踊、エイサーなど沖縄文化の公演イベントなどが開催され、沖縄文化の継承の場であるとともに、川崎と沖縄の交流拠点となっています。
会長就任と、県人会の財政立て直し

比嘉さんは、沖縄出身の両親の元、川崎で生まれ育った沖縄2世です。造船会社をはじめ、さまざまなお仕事を経験され、一時期には金属加工メーカーなどの経営者として、川崎のものづくり産業を支えてきました。ひたすら仕事にまい進し、多忙な日々を過ごしていた比嘉さんでしたが、2012年からの約10年間は沖縄県人会の会長を務めます。
就任当時、県人会の財政はかなり逼迫していたそうです。そこで比嘉さんは、さまざまな手立てを打って少しずつ財政を立て直し、県人会の安定した運営基盤づくりに貢献しました。
川崎と沖縄の文化の懸け橋に

さらに比嘉さんは、沖縄芸能や文化の普及にも尽力します。ラ チッタデッラでの「ハイサイフェスタ」への出店や、沖縄文化イベント「綾心〜あやぐくる〜」や「かりゆしフェスティバル」の開催など、川崎と沖縄の文化交流を推進してきました。
現在、県人会館では三線や琉球舞踊の教室を開いていますが、受講者の多くは沖縄出身ではない方なのだそうです。旅行で訪れるなどで沖縄を大好きになった人が、市内のイベント参加をきっかけに教室に通うことも多いといいます。比嘉さんは「大好きな沖縄の文化を、これからも川崎で広め続けたい」と話していました。
取材での比嘉さんのお話から、川崎と沖縄に深いつながりと歴史があることを知ることができました。
このほかにも、江戸時代からつづく川崎と沖縄とのつながりについてのお話や、川崎市と那覇市の友好都市としての関わりのお話もありました。
ぜひ「川崎歴史100年」本編でお楽しみください。
お問い合わせ先
川崎市総務企画局コンプライアンス推進・行政情報管理部公文書館
住所: 〒211-0051 川崎市中原区宮内4丁目1番1号
電話: 044-733-3933
ファクス: 044-733-2400
メールアドレス: 17koubun@city.kawasaki.jp
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