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木造 聖観世音菩薩立像(能満寺)

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2018年7月20日

木造 聖観世音菩薩立像

木造 聖観世音菩薩立像 1軀

年代

平安時代

像高

101.3cm

所有者

能満寺(高津区千年354)

指定

市重要歴史記念物 昭和41年11月15日指定

解説

 本堂須弥壇後方向かって左脇の厨子内に安置される。
 垂髻を結い、頭髪部には毛筋を彫らない。左手は屈臂して蓮枝を執り、右手は垂下して掌を前へ向け、第1指を曲げ、他指を伸ばす。条帛・天衣を懸け、腰以下に裙を着ける。腰をわずかに左へ捻り、右足を少し踏み出して立つ。
 構造は、木心を籠めたカヤの一材より頭・体幹部を彫出する一木造で、左手は前膊の天衣の懸かるところまで、右手は手首までを共木としている。現状では、髻の前面を含んで両耳前を通る線で前後に割り放し、内刳りを施して玉眼を篏入しているが、この所作は後補の際のものである。そのほか、左前膊半ばより先、右手首より先、両足先、天衣垂下部、両足、台座、光背は後補である。近年の修理により面目を一新した。
 背面には後掲の朱漆銘があり、延宝2年(1674)に修理が行われたことがわかるが、現在では以前に比べて判読が難しくなっている。
 本像は、全体のプロポーションでは頭部が少し小さいが、体幹部は安定感が十分である。肩・胸・腹などの肉付けも充実しており、ことに下半身は幅広でどっしりとしている。側面観も奥行きが十分にとられているため、たっぷりと量感がある。面部にあまり張りがなく平板的であるのは、後世の玉眼篏入時に手を入れたためとも考えられる。衣文は、所々深く刻んだり、少し鎬を立てたりしている。
 従来本像の衣文については、翻波式衣文が目立つとされたこともあるが、一般に翻波式衣文が最も顕著に用いられる膝下の衣文は一見よく似ているが、小波に当たる彫りがなく、厳密には翻波式とはいえず、条帛や天衣にわずかに用いられている程度である。
 このような作風からみて、本像は平安時代も前半の作例であると判断できる。そして、本像の肉付けにやや締りのないこと、太造りで幅広の下半身は少し鈍重な感じであること、衣文の彫りの切れ味・深さが9世紀頃の作例に比べれば鈍ってきていること、翻波式衣文や渦文がほとんど見られないことなどから考えると、本像の制作は10世紀前半に求めるのが妥当かと思われる。県下においてもこの頃の作例は少なく、作行きも優れた本像は東国の平安彫刻を考える上でも貴重な位置を占める。
 本像は背面朱漆銘から、もとは付近の岩川村長命寺に祀られていたことがわかる。長命寺は現在廃寺であるが、『新編武蔵風土記稿』巻之63の岩川村条によれば、能満寺末の天台宗の寺院であったといい、「境内ニ入リ正面ニ建ハ観音堂ナリ正観音ニテ立像長三尺五寸裏書アリテ聖徳太子ノ作ナリト云」とあるのが本像に当たるとみられる。

背面朱漆銘

木造 聖観世音菩薩立像 背面朱漆銘

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