第2話「向丘(むかいがおか)」
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大正13年、多摩川河口に近い川崎町、大師町、御幸村が合併して川崎市が誕生した頃、現在の宮前区域は宮前(みやさき)村と向丘(むかおか)村に属していました。2村が川崎市に編入されたのは、昭和13年のことです。

第2話「向丘(むかいがおか)」
明治22年に平、長尾、菅生、上作延の4村と下作延村の飛び地を合併して向丘(むかおか)村が誕生しました。村名は平安時代の6歌仙の1人、小野小町の「武蔵野のむかひの岡の草なれば根を尋ねてもあはれとぞ思ふ」の歌にちなんで、旧長尾村の鈴木久弥村長が命名したそうです。古くから「たまの横山」「向かいの丘」と呼ばれていた多摩丘陵の美しい風景から生まれた地名です。
やがて昭和に入り、戦争が近づくと一帯は軍用地として接収され、昭和26年に返還される時に、旧向丘村内の土地には「向ケ丘(むかいがおか)」という大字が付けられました。その後の区画整理などで、宮前区には町名としての「向ケ丘」は無くなりましたが、今でも地区や施設の名称に「向丘(むかいがおか)」や「向ケ丘(むかいがおか)」が広く使われています。
東名高速道路上の「東名向ヶ丘」バス停。すぐそばには東京料金所。ともに宮前区南平台にある

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