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等覚院

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2018年7月20日

等覚院

等覚院 仁王門

住所

宮前区神木本町1-8-1

交通案内

JR・東急線「溝口駅」南口から市営バス溝15~19系統「神木本町」下車、徒歩10分、JR・小田急線「登戸駅」から市営バス登05系統「神木不動」下車、徒歩5分

地図

解説

 神木(しぼく)山等覚院は、寺号を長徳寺という天台宗の寺院で、縁起(えんぎ)などの沿革についてはほとんどわかっていません。
 参道を登り仁王門(におうもん)(1882年建立)を進むと整備された境内が広がり、正面に安政年間(1854~60)に再建された本堂が建っています。
 本尊は秘仏で拝むことは出来ませんが、江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』では、一尺五寸(約45cm)の不動明王立像と伝えています。
 現在、この秘仏本尊が納められる厨子(ずし)の前に、市の重要歴史記念物に指定されている木造薬師如来坐像(やくしにょらいざぞう)が安置されています。この像は、もと江戸茅場町にある智泉院の本尊として祀られていたものです。
 像は右手を屈臂(くっぴ)して胸前で掌(たなごころ)を前に向け、左手は膝上で掌を上にして薬壺(やっこ)を持つという薬師如来としては普通の姿といえますが、肉髻(にっけい)を低く刻み髪の生え際に曲線をもたせた頭髪部や複雑に流れる衣文など、総体に宋元風の特色が見られます。
 寄木造(よせぎづくり)で目には玉眼(ぎょくがん)が嵌(は)め込まれ、作風から一見すると鎌倉時代後期頃の雰囲気がうかがえますが、近年解体修理が行われて詳しい構造が明らかになりました。
 これによると頭部を体部に差込むための首(くびほぞ)を円筒形に造る点や後頭部材の内刳(うちぐ)りを省略する点など簡略化が目立ち、構造面から室町時代に入ってからの造立とわかりました。本像のように、後世に古仏の作風を手本にして造られた像を模古作(もこさく)と呼びますが、時代が新しくなるにつれ作者である仏師の技術が向上し、外観的により精巧な模古作が多く造られるようになってきます。

所有指定文化財

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