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影向寺

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2010年12月20日

コンテンツ番号78

影向寺薬師堂

住所

宮前区野川本町3-4-4

交通案内

JR「武蔵新城駅」から川崎市バス城11系統「宮前区役所前」行き、鷺02系統「鷺沼駅」行き、JR「武蔵小杉駅」から東急バス鷺02系統「鷺沼駅」行き、「影向寺」下車、徒歩8分

地図

寺史

八葉素弁蓮華文軒丸瓦

八葉素弁蓮華文軒丸瓦

 多摩川の広大な沖積低地を望む宮前区野川東耕地の高台に、威徳山影向寺(ようごうじ)があります。当寺は、国指定重要文化財・木造薬師如来両脇侍像(やくしにょらいりょうわきじぞう)や神奈川県指定重要文化財・薬師堂(やくしどう)などの豊かな文化財を伝える古刹(こさつ)として知られており、宝永7(1710)年撰述の『影向寺仮名縁起(かなえんぎ)』によると、奈良時代の天平12(740)年に聖武天皇の命を受けた僧行基によって開創されたと伝えられています。

 ところが、近年の発掘調査の結果、奈良時代と推定される大型の掘立柱(ほったてばしら)建物跡・瓦塔(がとう)片・塔の基壇などが確認され、さらに出土した古瓦の様式から創建の年代は白鳳時代末期(7世紀末)にまで遡ることが確実になりました。また、薬師堂解体修理に伴う基壇部の発掘調査では、創建当時の堂宇(どうう)が現在の薬師堂とほぼ同じ位置に建てられていたこともわかりました。そして、金堂(本堂)の基壇は創建以降、版築(はんちく)工法による掘り込み基壇が8世紀中頃から後半に構築され、15世紀前後頃に行われた改修を経て、現在の薬師堂と同一の基壇が江戸時代の元禄7(1694)年に築かれるまでに、少なくとも4回にわたって変遷していた事実も解明されています。

 以上の調査成果から影向寺の移り変わりを追うと、創建当時の影向寺は、この地を支配していた有力豪族の氏寺として出発したものと考えられます。それが奈良時代の律令体制の中に組み込まれ、橘樹(たちばな)郡の郡寺として公的な性格をもつ寺院へと発展していきました。塔などの伽藍(がらん)が整うのはこの頃と考えられます。塔が建立されるまでの間は、おそらく瓦塔がその役割を果していたのでしょう。その後、平安時代には南都系宗派から天台宗への改宗がおこなわれ、中・近世には本堂を取り囲むように溝や土塁が構築されて、寺観は大きく変貌していきました。

 影向寺の性格や景観は時代とともに変遷しても、白鳳時代にともされた法燈(ほうとう)は、1300年もの長い歳月を経た今日にいたるまで、絶えることなく連綿と伝えられています。

彫刻

木造薬師如来両脇侍像

木造薬師如来両脇侍像

 影向寺の本尊である木造薬師如来両脇侍像は、早くから国の重要文化財の指定を受けて、現在は本堂裏の収蔵庫内に安置されています。中尊は左手に薬壺(やっこ)を持つ大きな坐像で、像の根幹部を一本の木から彫成する一木造(いちぼくづくり)で造られ、材質はケヤキです。わずかに微笑をたたえた表情や浅く穏やかに流れる衣文などは明らかに藤原時代に流行した作風に共通しますが、まだ洗練されていない地方的な素朴さが随所に見受けられます。一方、両脇侍像は桜材の一木造で材質も異なり中尊よりもいっそう穏和な作風を示しているうえ、左右各像の作風もかなり異なっています。いずれにしても中尊よりやや遅れて造立された像と考えられます。このような各像の作風の違いから、本像が本来は一具の像でなかった可能性も指摘されています。

 また、この収蔵庫内には、市重要歴史記念物の木造二天立像(にてんりゅうぞう)2軀と薬師如来の眷属(けんぞく)である木造十二神将立像(じゅうにしんしょうりゅうぞう)12軀も一緒に安置されています。

 前者は、2軀ともに一木造で、作風も誇張の少ない穏やかな像です。一見すると藤原時代の雰囲気を備えますが、総体の彫技は硬く、忿怒(ふんぬ)の表情もぎこちないことから後世の模古作(もこさく)との説もあります。

 また、後者は割矧(わりは)ぎ造という一木で彫成した後、割り矧いで内刳(うちぐ)りを施す造立法で造られ、玉眼(ぎょくがん)が嵌(は)め込まれています。解体修理の際に巳(み)神将像の胎内から応永22(1415)年の修理銘が見つかり、作風からも南北朝時代頃の作と思われる佳作です。

 現在、太子堂に祀(まつ)られている木造聖徳太子立像(市重要歴史記念物)は、髪を美豆良(みずら)に結い、袍(うえのきぬ)の上から袈裟(けさ)をつけて、柄香炉(えこうろ)を捧持しています。これは太子が16歳の時に父用明天皇の病気平癒(へいゆ)を祈願している姿で、一般に孝養太子像と呼ばれています。影向寺像はやや彫技は硬いものの、表情は理智的に引締り、総体に破綻なくまとめられています。室町時代も早い頃の作と考えられます。

所有指定文化財

所有川崎市地域文化財

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