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子母口貝塚

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2018年7月20日

子母口貝塚

子母口貝塚

年代

縄文時代早期(貝塚遺跡)

推定面積

898平方メートル

所有者

川崎市

所在地

高津区子母口54-148他

指定

県指定史跡 昭和32年2月19日

解説

 子母口貝塚は、南武線武蔵中原駅の西南約1.6kmの地点にあり、多摩川の沖積地を望む台地上に位置している。この貝塚遺跡は、縄文時代早期の子母口式土器を出土した標式遺跡として、考古学史上広く周知されている。
 子母口式土器の命名者は、著名な考古学者の山内清男氏で、昭和2・4年に大山柏氏が主宰する大山史前学研究所が発掘調査した時の資料をもとに命名された。それ以前の明治26年には、これまた著名な考古学者であり民族学者であった鳥居龍蔵氏がこの貝塚を訪れ、土器や石器を採集している。
 大山史前学研究所による発掘調査直後の昭和5年には、地元で開業医をしながら考古学に強い関心を抱いていた岡栄一氏が主宰する橘樹考古学会が小発掘をしているし、昭和10年から昭和12年にかけて、神奈川県下の貝塚を精力的に調査していた酒詰仲男氏もこの貝塚を訪れ、発掘調査をしている。昭和11年の暮れには、子母口式土器の命名者である山内清男氏が、そして昭和16年には、川崎市史編纂事業の一環で三森定男氏がそれぞれ発掘調査をしている。これらの一連の発掘調査によって、子母口貝塚は、標高26メートル前後をはかる台地の縁辺に五地点(A~E地点)に分かれて散在する、いわゆる地点貝塚であることがあきらかになった(その後江坂輝彌氏の調査で、E地点は明治時代にA地点から建物の基礎材として運ばれた2次堆積貝塚であることが確認されたので、現在では、実数四箇所からなる地点貝塚として把握されている)。
 しかし、これらの資料は戦災によって灰塵に帰してしまったり、発掘当事者が物故されて、ついにその全容が公開されることはなかった。まさに、不運にみまわれた発掘資料であったわけである。
 一方、昭和20年代後半頃から周辺の宅地化が進みはじめた。川崎市教育委員会では、考古学史上貴重な価値を占めながらまだ幻につつまれたままであった子母口貝塚を永久に保護するため、昭和30年にC地点を買収した。昭和32年には、県指定史跡の指定を受け、同年保護のための鉄筋コンクリート壁と階段を設置した。
 そして、昭和40年頃からA地点の崖面には貝層が露出し、一部で盗掘が横行しはじめた。川崎市教育委員会では、昭和42年、川崎市文化財調査員であった渡辺 誠氏の指導でその部分の発掘調査を実施した。また昭和61年には、川崎市市民ミュージアムが、常設展示用の貝層剥離資料を収集するため、D・E地点の小発掘を実施している。昭和42年と昭和61年の発掘調査資料は、正式報告されているが、ここでは前者の報告書から子母口貝塚の概要を記しておくことにする。
 まず貝層の厚さは、15~25cmで、貝類の採捕は子母口式期から開始されている。貝類は23種におよぶが、主体を占めるものはマガキ(47%)・ヤマトシジミ(18%)・ハイガイ(11%)で、そのほかにオキシジミ・ハマグリ・オオノガイ等が確認されている。魚骨としては、ススギ・クロダイ・マダイ・サメ等がある。
 これらの自然遺物から、今から7,000年ぐらい前の子母口貝塚周辺は、内湾的水域で、地理的には湾奥部に位置していたものと復元できる。
 ちなみに当時の海岸線は、縄文海進の影響を受けて貝塚の位置する台地下、約1kmぐらいにまで迫っていたものと推測できる。
 また獣骨としては、シカが検出されている。
 貝類に混ざって発掘された土器の多くは子母口式の特徴をもつ。すなわち胎土に繊維を含み、底部は尖底となる。土器の表面は、いわゆる無文土器が大半を占める。また文様が認められるものは、口辺部付近に細隆起線文を起こしたものや、その線上に刻み加えた極めて簡素な手法なものである。そのほか、従前に採集されていた資料のなかには、東海地方から将来されたと思われる土器片も含まれている。
 貝層下の土層からは、早期初頭の撚糸文系土器の井草式土器が発掘されている。
 なお、これまでの調査では、子母口式期の竪穴住居址等の遺構は発掘されていない。しかし、これだけの貝類等が採捕されていたわけであるから、必ずそれらを食していた子母口貝塚人が住居等を構え、集落を営んでいたものと推測できる。その場合、遺構が占地する位置としては、貝塚の各地点を結ぶ台地部の縁辺、すなわち平坦な面から傾斜にかかる肩部付近が考えられよう。

子母口貝塚出土の土器

子母口貝塚出土の土器
(1~10はA地点、11~15はD地点の江坂輝彌氏採集資料、16~18はD地点貝層下出土の撚糸文土器。縮尺1~10は1/2、11~18は1/3)

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