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潮見台遺跡

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2018年7月20日

潮見台遺跡全景

潮見台遺跡全景

地図

解説

 宮前区菅生(すがお)にある潮見台(しおみだい)遺跡は、昭和44年(1969)に潮見台浄水場建設に伴う事前調査として台地の全面が発掘されました。その結果、縄文時代早期(約7000年前)の住居跡2軒・炉穴3基、同中期(約4000年前)の住居跡12軒、平安時代(約1000年前)の住居跡1軒、同時代の火葬墓1基が発見されました。
 このうち、縄文時代中期について見てみますと、住居跡は径4~5mの隅の丸い形をした竪穴式住居跡で、柱穴が四隅にあり、中央には石で囲った炉が存在していました。これらの住居跡の南部分には張り出しをもつものが見られ、そこが入り口であったと思われます。さらにその張り出し部の下には底を欠いた土器が1~3個埋められていました。このような住居が台地の縁に沿って並び、住居群の中央の空間は共同の作業場や祭りの場となっていたと思われ、この時期の典型的な村の形態を示しています。また、北側の尾根部分には空間があることから、そこに道があったことも想定できます。
 湧(わ)き水はこの台地の西下にみられ、さらに南側約100mには平瀬川が流れているので見晴らしと陽当たりが良く、さらに水の便が良い絶好の場所に遺跡はつくられていたことになります。
 出土した遺物では石器や土器も多く見つかっていますが、この中で注目されるのは、住居の入り口に埋められた埋甕(うめがめ)で、その土器には中部地方に分布の中心をもつ曽利式が多く使われていました。この理甕は、胎盤(たいばん)収納説・小児骨収納説・貯蔵説などがあります。また、このほかには有孔鍔付(ゆうこうつばつき)土器という祭り用の酒造具とも考えられる土器も見つかっていますが、埋甕・有孔鍔付土器は共に中部地方を中心に分布するものです。さらに、新潟県姫川産のヒスイを使った大珠(たいしゅ)も見つかっていますので、この時期にはすでに活発な物の交流が行われていたことがわかります。

潮見台遺跡出土状態

埋甕出土状態

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