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安藤家長屋門

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安藤家長屋門

建築年代

江戸時代末期(19世紀中期~後期)

規模

主体部 桁行(けたゆき)13.393m 梁行(はりゆき)4.575m

東室下屋(ひがししつげや) 桁行4.878m 梁行1.212m

西室下屋(にししつげや) 桁行3.212m 梁行1.212m

構造形式

木造平屋建て(中2階あり)、寄棟(よせむね)造

桟瓦葺(さんがわらぶき)背面両脇に差し掛け屋根桟瓦葺・吹き放し下屋(げや)付属

所有者

個人

所在地

中原区小杉陣屋町1丁目13番3号

指定

市重要歴史記念物 平成24年11月27日指定

解説

 安藤家の祖先は、小田原の後北条氏に仕えていた安藤大炊助重虎(あんどうおおいのすけしげとら)で、後北条氏滅亡後に小杉村に土着帰農したと伝えられています。江戸時代には、橘樹郡小杉村の割元名主(わりもとなぬし)として、代官の指揮下で近隣の村々の名主を統括していました。

 安藤家の屋敷は、中原街道に南面して構えられており、現在の街道から約18m程奥に長屋門が配置されています。街道から長屋門へ至る導入路の松の植樹は並木状の景観を呈し、長屋門の風情を高め旧家の趣を伝えています。

 長屋門の平面は中央を通路とし、通路部の東西に各1室(東室・西室と仮称)を設けています。通路部は、正面から約4.4尺引き込んで扉構えとしています。

 西室は、入口土間と畳敷き床をもつ居室部、東室は土間の物置とし、両室とも背面に各1箇所ずつ出入り口を持っており、梁行き4尺の桟瓦葺・差し掛けの下屋が付属しています。

長屋門の特徴と建築当初の形式

 1.柱の多様な使い分けが見られ、柱の種類を断面寸法で6種類、樹種で2種類を使い分けています。

 ・親柱(見付1.2尺・見込み6寸)、扉構えの両脇柱・通路部正面隅柱(約6寸角)、天井梁を受ける両側面の中央柱(約5寸角)は太く、欅(けやき)を使用しています。

 ・両側面の前端隅柱と通路部背面隅柱(約5.2寸角)、両側面の後端隅柱(約4.2寸角)、その他の側柱(4寸角以下)は杉を使用しています。

2.正面と通路部の中間の柱を塗り込んで大壁形式とするため、通路部正面隅柱の真だけ桁行・梁行きの外方へ1寸ほどずらす微妙な工夫がされています。

3.扉構えは豪華で、柱・扉・冠木・出梁・鏡天井まですべて欅材を用いており、扉金具は八双(はっそう)金具(吊金具の止釘を隠すための化粧金具)、唄(ばい)金具(閂金具の止釘を隠すための化粧金具)、鋲金具(板止釘を隠すための化粧金具)で飾っています。

4.本来の屋根は茅葺であった痕跡が小屋組と軒廻りに認められ、大正7年に茅葺屋根から桟瓦葺屋根に改造したと考えらます。

5.明治以後の長屋門は軒が高く2階建てのものが少なくないなかで、安藤家長屋門は平屋建ての外観をしていますが、天井裏を中2階として使用しています。

6.東室と西室はいずれも本来は土間床で、出入口以外に開口部をもたない閉鎖的な空間でしたが、関東大震災後かそれよりも後に西室を居室にするなどの改造が行われたと考えられます。

7.東室・西室とも収納が使用目的と考えられますが、西室は根太天井の扱いが東室より丁寧で、天井高を低く抑えて中2階の使い勝手に配慮しており、東室は納屋、西室はそれより上等の倉庫と推察されます。

8.下屋は本来西室にしかありませんでしたが、大正7年に主体部屋根を改造した際に、東室にも下屋を新設したと考えられます。

歴史的意義

 安藤家長屋門は茅葺から桟瓦葺への変更や西室の居室への改造などの変化が認められますが、建築当初の部材をよく留め、建築当初の形式もほぼ判明しており、幕末頃の割元名主屋敷にふさわしい堂々とした意匠を示しています。

 特に扉構えは柱から天井・扉に至るまで欅を贅沢に使用し豪華で力強い意匠を示し、豊富な飾り金具がそれを引き立てている点は見応えがあり、中原街道沿いに残された歴史的景観としても重要な存在です。

 

安藤家長屋門平面図

安藤家長屋門 平面図

お問い合わせ先

川崎市教育委員会事務局生涯学習部文化財課

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