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川崎水道100年の歴史

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2021年5月14日

コンテンツ番号128098

あらすじ

 大正10(1921)年7月1日に川崎初の水道が完成し、給水を開始して以来、増え続ける水需要に追われながら8次にわたる水道施設の拡張事業を行い、川崎の水道は、市域の拡大、人口の急増、産業の発展などを支えてきました。

 そのまま右肩上がりに増え続けると思われた水需要ですが、産業構造の変化や家庭における節水機器の普及などにより予想に反して横ばいの状況となり、川崎市上下水道局では、浄水場の統廃合により適正な事業規模へのダウンサイジングを行う再構築事業を、全国に先駆けて完了したところです。

 私たちはこれからも、時代の流れ・環境の変化等を的確にとらえた事業運営を行い、良質で安全な水を安定して供給することで、川崎の輝く未来へ寄与していきます。

 このページでは、川崎水道の歴史を紹介します。

創設~第3期拡張事業

〔創設〕配水管の布設工事

〔創設〕配水管の布設工事

 明治22(1889)年に町制が施行された旧川崎町では、井戸を掘っても飲み水はほとんど得られず、二ヶ領用水などの水を売る「水屋」に頼る状態で、人々は水不足に苦しんでいました。また、当時の町議会において「工場誘致は100年の町是」という指針が掲げられ、工場の誘致こそが川崎を発展させる最良の手段だとされましたが、そのためにも水道の整備は絶対条件でした。

創設事業

 このような背景から大正8(1919)年に戸手浄水場(現在の幸区役所の場所にありました)の建設などに着工、大正10年(1921)年7月1日、ついに給水を開始しました。川崎初の水道は多摩川を水源とし、宮内水源地(中原区)から木管により戸手浄水場へ送り、家庭や工場に給水したのです。

第1期拡張事業~第3期拡張事業

 給水開始から3年後の大正13(1924)年7月1日に川崎町、大師町、御幸村の合併により「川崎市」が誕生しました。このときの合併条件に「上水道の迅速な普及に努めること」とあり、川崎町の水道に期待が寄せられていたことがわかります。まさに「川崎市誕生の裏に水道あり」と言えるでしょう。第1期拡張事業は、この合併した地域への給水を含め、給水能力の増強を目的に実施しました。

 さらに隣接する田島町でも水道を求める声が大きくなり、これをきっかけに川崎市と合併、それに対応するため早急に第2期拡張事業を行いました。

 その後も人口の増加は続き、さらに昭和6(1931)年に勃発した満州事変が工場での使用水量を急増させ、1日最大配水量が施設能力を超えることもあったことから、すぐにも第3期拡張事業に取り組むこととなりました。この拡張事業では、現在の多摩区稲田堤から多摩川の伏流水を取水し、生田浄水場を新設しました。

第4期拡張事業~第5期拡張事業

〔第4拡〕第1導水ずい道 出口(長沢浄水場)

〔第4拡〕第1導水ずい道 出口(長沢浄水場)

「相模川河水統制事業」と第4期拡張事業

 その後も市域の拡大に伴う人口の増加、工場の新設などが続き、増え続ける水需要への対応が求められましたが、多摩川からはこれ以上取水できない状況でした。この頃、神奈川県を主体とした「相模川河水統制事業」(相模ダムを築造)の実施が決まり、川崎市も相模川の水利権を獲得したため、これを水源として第4期拡張事業に着手しました。

 相模川上流から川崎市までの約20キロメートルにも及ぶ導水ずい道や長沢浄水場の新設を進めていましたが、太平洋戦争の激化により工事の中止を余儀なくされます。戦後に再開しましたが、導水ずい道工事は全路線に渡って地盤が軟弱で、さらに地下水が大量に湧出したため、工事は水との闘いに終始し、難航しました。

 昭和27年3月、戦争による中断を含め約10年の歳月を経て、全導水路線約21.6キロメートルの導水ずい道が完成し、昭和31年8月、長沢浄水場などのすべての工事が完成したことで、第4期拡張事業は終了しました。

第5期拡張事業

 昭和18年には39万人を超えた川崎市の人口は、昭和20年の太平洋戦争終戦後、その半分の20万人にまで減少しました。川崎市は壊滅的打撃を受けたものの、再び工業都市として発展し始め、また東京都のベッドタウンとしても人口が飛躍的に増加しました。それに伴う水需要も年々増加の一途をたどり、第4期拡張事業が完成する時には、すでに水量の不足が見込まれていたので、第5期拡張事業の実施を迫られました。

 この拡張事業では、多摩区菅にある井戸からの取水を増やすとともに長沢浄水場の施設の増強を行いました。

第6期拡張事業~第8期拡張事業

〔第6拡〕鷺沼配水所

〔第6拡〕鷺沼配水所

「相模川総合開発事業」と第6期拡張事業~第7期拡張事業

 昭和30年代の高度経済成長により経済活動はさらに活発化し、人口の激増とともに水需要に拍車をかけ、さらなる水源の確保が必要となりました。神奈川県全体でも同様の状況であったため、県を主体として相模川をさらに開発する「相模川総合開発事業」(城山ダムを築造)の実施が決まりました。

 これを水源とした川崎市の第6期拡張事業では、長沢浄水場等を増設、鷺沼配水池を新設しました。

 その後も好景気はさらに続き、神奈川県としても勢いの衰えない水需要への早急な対応が求められていました。これを受け、県の再調査の結果、「相模川総合開発事業」で開発した水源からさらに取水できることが判明し、これにより川崎市は第7期拡張事業の実施を決定しました。

 この拡張事業では、津久井分水池との間に約24キロメートルに及ぶ第2導水ずい道と潮見台浄水場を新設しました。

「酒匂川総合開発事業」と第8期拡張事業

 第7期拡張事業完成後も日本中が好景気に沸いており、神奈川県全体で早くも水量の不足が見込まれていました。しかし相模川からはこれ以上の取水が不可能であったため、さらに新しい水源として酒匂川に着目し、県を主体として「酒匂川総合開発事業」(三保ダムを築造)の実施を決定しました。この事業では、これまでと違い、神奈川県、横浜市、川崎市、横須賀市で「神奈川県内広域水道企業団」を設立し、企業団で浄水処理した水を受け取る形を取りました。

 第8期拡張事業では、受水のための整備や、標高の高い市内北部に配水塔等の築造を行い、昭和55(1980)年度の完成をもって拡張事業は終わりを迎えました。

川崎市水道事業の再構築事業

長沢浄水場

長沢浄水場

 昭和から平成と時代が進んでも、川崎市の人口は予測どおり順調に増加していきました。しかしながら、水需要は産業構造の変化や節水意識の高まりなどに伴い、予測とは違って横ばいで推移し、その結果、昭和50年代以降、給水能力と配水量が乖離するという状態が生じていました。また、これまでの拡張事業で建設した浄水場などの大規模な施設が老朽化し更新時期を迎えていたこと、併せて大規模地震への備えとして施設の耐震化や、地球温暖化対策等の環境への配慮も求められていました。

 こうした背景から平成18(2006)年8月、将来の水需要予測に基づき適正な事業規模へ見直しを行うことで、健全な経営基盤を確立するための「再構築計画」を策定しました。そしてそれに基づき、平成20(2008)年度から再構築事業に着手し、潮見台浄水場・生田浄水場を廃止して長沢浄水場に機能集約する浄水場の統廃合を進め、これにより、基幹施設の更新及び耐震化も達成しました。こうして、平成29(2017)年3月の工事完了をもって全国に先駆けた給水能力のダウンサイジングを実現しました。

 川崎市は相模川上流の水源から市内まで高低差を活かした自然流下を主体に水を配っていますが、川崎市唯一の上水道の浄水場となった長沢浄水場そのものも、この再構築事業により、電力を使わずに地形の高低差を利用した自然流下で浄水処理できるシステムになりました。それに加え、配水池、ろ過池、雨水調整池の上部には太陽光パネルを設置し、発電した電力を場内で使用して、余った電力は蓄電池に充電することで、停電時のバックアップ電源にするなど、危機管理対策としても活用しています。

 こうして再構築事業を経て、長沢浄水場は環境にやさしい浄水場に生まれ変わったのです。

工業用水道

臨海部工業地帯

臨海部工業地帯

 川崎市の工業は、実業家浅野総一郎氏による臨海工業地帯埋立事業や神奈川県による京浜工業地帯造成事業の推進と相まって、その発展の道を歩みはじめました。

 一方、行政においても、川崎町時代から石井泰助町長の献身的な努力や町議会による「工場招致は100年の町是」という決議のもと工場の誘致を進め、川崎市誕生後もこの方針を引き継ぎ、積極的に工業都市建設を推進してきました。

 このように市と民間の協力体制のもと、川崎は工業都市として発展していくことになりましたが、これらの工場で使用する工業用水は、海水や工場付近のさく井による地下水を水源としていました。しかし、各所で大量に地下水を利用した結果、地下水位の低下や取水不能に陥るようになり、工場生産にも支障を及ぼすこととなったのです。

 そこで、特に多量の工業用水を必要としていた民間3社が共同して、民営工業用水道を建設する構想が持ち上がり、具体的な施設計画を立案、実施に踏みきるところまでいきましたが、将来の川崎市の姿を見据え、最終的には市営により工業用水道を建設する方針が樹立されました。

 これにより完成した工業用水道は、わが国最初の公営工業用水道事業として、昭和12(1937)年に給水を開始しました。

 その後、産業経済の急速な進展等による需要の増加に伴い、数次の拡張を行い給水能力の拡大を行ってきました。しかし時代が進むにつれ、産業構造の変化や回収水の利用等により水需要が低迷し、給水能力と配水量がかい離する事態が生じることとなりました。こうした動向を背景に、平成22(2010)年度から、給水能力をダウンサイジングする再構築事業を行いました。

 今後も時代の変化を見極めながら経年化した施設及び管路の更新・耐震化を進め、工業用水の安定供給に努めていきます。

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お問い合わせ先

川崎市 上下水道局サービス推進部サービス推進課

電話:044-200-3149

ファクス:044-200-3996